第二十二章 ウォルティナの町にて 5.貝殻の話
~Side ネモ~
夕食の後、俺はゼハン祖父ちゃんに貝殻の件を相談する事にした。細工物の素材となる貝殻について訊きたいと言った途端に、祖父ちゃんときたら――
「ふむ……何ぞ儲け話か?」
悪い顔で食い付いてきた。世間じゃ篤実な商人で通してるんじゃなかったのか?
「あー……今はまだ話せないんだ」
まぁこれで、人の迷惑顧みずに欲得尽くで嗅ぎ廻るような事はしないから、少し釘を刺しておけば大丈夫だろ。
「話せるようになったら、真っ先に話してもらうぞ?」
……多分、大丈夫だ。
とりあえず、店長さんの事とかボタンの事とかは伏せて、貝殻細工の素材を探しているという事だけを相談したんだが……
「そもそもの話じゃ、貝殻のように有り触れたものを素材にするなら、出来栄えの方が相応以上に優れておらねば売り物にはならん。そして、そこまでの腕を持つ職人ならじゃ、何も貝殻なんぞというしみったれた素材を使う必要は無かろう」
――というのが祖父ちゃんの意見だった。
ボタンの事を伏せていたんで、実用品でなく装飾品として考えたみたいだな。
とは言え祖父ちゃんの口ぶりだと、貝殻を素材とした細工物自体が知られていないみたいだ。螺鈿細工は無いとしても、シェルカメオぐらいは知られているかと思ったんだがな。
「ふむ……仔細は話せんという事じゃったが……ネモはその細工物とやらを見た事があるのか?」
さぁて……どう答えるべきかな。
前世での記憶という意味じゃ、貝ボタンの他にシェルカメオも螺鈿細工も見た事があるし、碁石だって白はハマグリの殻だった筈だ。ボタン以外のネタなら話してもよさそうだが……問題は、こっちの世界にそれらがあるかどうかって事なんだよなぁ……
……仕方ねぇ。或る程度の話をぶっちゃけてから口止めした方が良さそうだな。
「俺が王都の知り合いに頼まれたのは、貝殻を細工物の素材に使えないかどうか、その確認だけだ。先方もほとんど思い付きみたいな感じだったな」
「ふむ」
「ただ――裏付けの無い思い付きみたいなもんだからこそ、このアイデアが盗まれたらどうしようも無いってところがある。向こうはそれを警戒しているようだった」
「……まぁ、解らんでもないの」
「そういう事だから、先方も俺も、貝殻が細工の素材に使えるのかどうかも知らないんだ」
満更これも嘘ってわけじゃない。こっちの世界の貝殻でできるかどうかは知らないんだからな。
「そういう細工を手がけている職人がいるのならともかく、見つからなけりゃ万事手探りで進めるしか無いわけだ。先の長い話になるだろうし、そこまでしても上手くいくかどうかの保証は無い」
「うむ……」
祖父ちゃんも大分意気込みが萎れてきたな。もう一押ししておくか。
「ま、俺が頼まれたのは、使えそうな素材が有るか無いかの確認だけだ。祖父ちゃんに素材の心当たりがあるってんなら、話を取り持つぐらいはしてもいいぞ」
そう言ってやると祖父ちゃんは考え込んだ。そこまで美味い儲け話じゃないって事に気付いたようだな。何しろ貝殻なんてものは、硬いか割れ易いかの二択だからなぁ。ガキの頃、貝割りなんて遊びをした事もあるし……あれ? 貝割りをやったのって、前世での話だよな? こっちじゃやった憶えが無いんだが……あぁ、そういや湖水地方だと、そこまで丈夫で大きい貝殻は多くないか。
「ふむ……そういった貝殻細工を見た事は無い。――が、舶来のものにあるとかどうとかの話を聞いたような憶えもある。……探しておいた方が良いか?」
「目立たないようにな。あ、それと、或る程度の厚みを持った貝殻も集めてくれると助かる。先方に話を持っていく手土産にもなるしな」
「ふむ……目立たぬように――という事じゃな? なら、相応の時間を貰うぞ?」
・・・・・・・・
この後王都に戻った俺は、一通りの話を店長さんに報告してからは、この件はすっかり忘れていた。
俺がこの件を思い出すのは、年の瀬も押し詰まった頃の話になる。