第二十二章 ウォルティナの町にて 4.祖母・エバ
~Side ネモ~
その日の夕食はエバ祖母ちゃんの手作りだった。母さんに料理を仕込んだだけあって、祖母ちゃんの腕前は大したものなんだよな。厨房には俺も入れてもらったんだが、手伝いというよりお勉強だった。いや、ウォルティナにはこれ目当てに来ている部分もあるからな。
「「ご馳走様でした」」
「はい、お粗末様」
食材として俺が今回持ち込んだのは、例のバイコーンベアの肉なんだが……少し癖があるあの肉を、祖母ちゃん上手にあしらってたな。いや、あの葉っぱをああいう風に使って臭みを取るとは……年季の差ってやつは、簡単には越えられないもんだ。
そんな風にまったりと寛いでいたところへ、祖母ちゃんが爆弾を放って寄越した。
「そぅそぅネモ、例の……ミートとショウ・ユー……だったかね? 今度のは結構上手くいったみたいだよ」
〝meet〟と〝show you〟じゃなくて、〝味噌〟と〝醤油〟なんだが……じゃ、なくて……できたのか!?
「……あまり期待しないでおくれよ? 何とか臭みの無い魚醤みたいなものができた――っていうところだからね? ……魚醤より少し味が薄いような気もするけど……試してみるかい?」
「是非!」
日本にいた頃の記憶が戻って困ったのは、前世との習慣の違いだった。
便所には慣れるしか無かったし、風呂と歯ブラシは似たようなものを何とかでっち上げた。前世の知識で食材の開拓も何とかなったが、どうにもならなかったのが調味料だ。砂糖や胡椒は高くて手が出なかったが、これは代替品としての水飴や香草で何とかなった。
――どうにもならなかったのが、日本人なら魂とDNAに刻み込まれている筈の、味噌と醤油だったんだよな。
俺が生まれたのは湖水地方だったから、各家庭で魚醤のようなものは造られていた。これはこれで悪くはないんだが……日本の醤油を知っている俺からすると、やっぱり臭みとか雑味が酷くてな。魚のぬめりを取ってから漬け込んだり、「赤つゆ」を一旦取り除いて煮沸し、上澄みだけを戻したり……色々試行錯誤したもんだ。……家族は呆れてたけどな。
その一方で、豆を醗酵させて味噌っぽいものを造ろうとしたんだが……豆は実家でも地力回復を兼ねて作っていたけど、食料優先で醸造原料に廻すゆとりなんか無かったんだよな。
結局、俺が凹んでいるのを見かねたエバ祖母ちゃんが手を貸してくれたのと、癖と臭みの無い魚醤のようなもんだと聞いたゼハン祖父ちゃんが商売っ気を出してくれたのとで、味噌と醤油についてはウォルティナの商会の方で試作してくれる事になったわけだ。……ゼハン祖父ちゃんからは、上手くいった場合の販売権を寄越すように釘を刺されたけど。
「……お待ちどお様。簡単なものの方が味わいが判ると思って、軽く湯がいた菜っ葉を持って来たから、付けて食べてみておくれ」
おぉ……涎が出てきた……
「……これはまた……随分と……黒っぽいな?」
そうか? こっちの魚醤も似たようなもんだと思うが……あぁ、魚醤を付けた菜っ葉を、そのまま食べるって習慣が無いのか。スープに使う時も、色が付くほど入れたりはしないからな。
「結構塩味が強いから、あんまり多くかけるんじゃありませんよ?」
「うむ……ほぉ……」
あぁ……醤油の味だ……気を緩めると涙が出そうだな……
こっちは味噌か。いわゆる豆味噌ってやつだ。……これも塩味が強めだな。
「どうだい、ネモ?」
「うん……魚醤のような臭みも無いし、これだと調味料としても使い易いんじゃないか? その辺りは祖母ちゃんの方が詳しいだろ?」
「あぁ、使い易いっていうのはそのとおりだね。で? 味の方は? ネモからみて合格かね?」
う~ん……そう言われてもなぁ……俺だと前世日本の記憶に引き摺られてる部分もあるだろうし……
「それこそ改良を加えていくしか無いんじゃないか? 祖母ちゃんだって、これで完成と言うつもりは無いんだろ?」
俺がそう言うと、祖母ちゃんはニヤリと――ニコリじゃない――笑いを浮かべた。
「それじゃ、これは色々と料理に使ってみて、問題点を煮詰めていくとしようかね。もう少し熟成したらネモにも送るから、そっちでも試してみておくれな」
「解った。けど祖母ちゃん、これはまだ大っぴらにしないんだよな?」
一応その点を確かめておくと、当然という答が返ってきた。これを叩き台にして完成度を高める必要があり、まだまだ売りに出せるものではないそうだ。……祖父ちゃんは少しでも早く市場に流したい様子だったけど。