第二十二章 ウォルティナの町にて 2.祖父・ゼハン(その1)
~Side ネモ~
「エイダのやつは元気にしとったか?」
「元気だよ。祖父ちゃんも偶には顔を出せばいいのに。……店が忙しいのかもしれないけどさぁ」
前にも言ったが、ゼハン祖父ちゃんはここウォルティナの町ではそこそこの有力商人だ。雑貨を中心に手広く商っていて、他の町にも幾つか支店を出している。店が繁盛している事もあって、中々町を離れられないんだろうと思っていたんだが……
「いや……そうしたいのは山々なんじゃが……どうにもヴィクレムさんたちに申し訳無くてな……」
「祖父ちゃんが気にする事は無いだろ。当の母さんが何も気にしてないんだから」
「エイダがそんなじゃから、儂らの申し訳が立たんのじゃがな……」
……説明しておくと、俺の名前がこっちの言葉で〝平穏無事〟を意味するネモである事、母さんが二十六歳と若い事、うちの家がリット村の外れにある事、ゼハン祖父ちゃんとエバ祖母ちゃんがヴィクレム祖父ちゃんとハンナ祖母ちゃんに引け目を感じている事……これらは、元を辿れば同じ原因に帰着する。
ぶっちゃけて言えば、母さんが若い頃に年齢を偽って父さんと駆け落ちし……かけた事があったらしい。事前に察知したゼハン祖父ちゃんたちが折れた事で無事に収まったんだが、その時母さんの腹の中にいたのが俺らしい。――で、騒ぎや好奇の目を嫌って、うちはリット村の外れに引っ越したんだって聞いた。……いや……母さんのリクエストで「矢○の渡し」を歌う度に、父さんが微妙な顔をしてたのが気になってたんだが……
何だかんだで母さんに引き廻された形のゼハン祖父ちゃんが、せめて孫の俺は平穏無事な人生を送れるようにと「平穏無事」と名付けてくれたんだが……その願いが早々に破綻しかけているのは俺のせいじゃない。……ないよな?
「……まぁ、それはいいわい。そんな事より――こっちにまで聞こえてきとるぞ? 蛇の素材で大儲けしたそうじゃな? この儂には一言の断りも無しに」
……そっちかよ。ある意味商人の鑑だな。
「いや、祖父ちゃんが扱ってるのは日用雑貨だろ? 蛇の皮とか骨とか、関係無いじゃないか」
「ふん。売れるものなら何でも売るのが商人じゃ。目の前に金儲けのタネが転がっておったのを、むざむざと見過ごすなど商人の名折れ。だのに、黙りを決め込みおって……」
「いや……蛇の肉とか食ってるって事は話したろ?」
「おぉ、聞いたとも。ただの〝蛇〟じゃとな。デスマスクパファダーだのフラットヘッドパイソンだなどとは聞いとらんわ」
いや……俺だって、あれが売れるなんて考えもしなかったんだからな。
「手塩にかけて育てた孫から、まさかこんな薄情な仕打ちを受けるとは……」
よよと泣き崩れそうな振りなんかしやがって……
「……何が望みなんだ?」
「話が早いのぅ♪ さすがは儂の孫だけあるわ」
……これだ。俺の性格が歪んでるとしたら、きっとゼハン祖父ちゃんのせいだ。
「……で?」
「大水蛇の素材は手に入らんか?」
「大水蛇?」
……そういや去年と今年で結構狩ったな。
基本的に皮と内臓は水産ギルドに提出したけど、俺たちが内臓を食った分は、計算が合わなくなるのでギルドには出さず、そのまま仕舞い込んでるんだよな。王都で売っ払おうと思ってたんだが……ここは年寄りのご機嫌をとっておくか。
「……内臓と肉は食っちまったんで、皮しか余ってないぞ? それでよけりゃ一頭分くらいは融通できる」
「一頭だけか?」
「他からも頼まれてるからな」
王都もそうだけど、帰る途中のチャシクとかでも、納品しといた方が良さそうだしな。
けど……
「……祖父ちゃん、何でいきなり大水蛇なんて言い出したんだ? 去年までは気にも留めていなかったろ?」
気になったんで確かめてみたら、返って来た答えは恐るべきものだった……俺にとっては。