第二十一章 肉獲り物語 2.家族団欒
~Side ネモ~
「また……ようけ狩ってきたもんじゃのぉ……」
家に帰って【収納】から取り出した猟果を見た、ヴィクレム祖父ちゃんの第一声がそれだった。
「肉と毛皮はありがたいけど……あんまり無茶はしないのよ?」
母さんは俺の事を慮って釘を刺してくれるが、俺だって成算も無しに乱入したわけじゃない。猪の数頭でも猟果にゃ充分だし、気付かれた時点で撤退する事も視野に入れていた。【眼力】で威嚇してやれば、俺が離脱する時間ぐらいは稼げた筈だしな。
……まぁ、今回は偶々上手くいったんだろう。調子に乗って二匹目の泥鰌を狙うような、そんな馬鹿な真似は慎まないとな。
「それはいいが……ネモ、これだけの量だと、一気に捌くというわけにはいかんぞ?」
「ご近所の目もあるものねぇ……」
「少しずつでも解体して、片端からマジックバッグに仕舞っておけば大丈夫だと思うんだけど……入り切らない分は、俺が預かっとくよ。【収納】しとけば傷みもしないし」
「そうしてもらえるかしら」
とりあえず、大本命のバイコーンベアから解体に取りかかったんだが……
「……ねぇネモ、その毛皮……大き過ぎて目立つんじゃないかしら?」
大は小を兼ねると言うし、幾つかに裁断すればバレたりしないだろう。……そう思っていたんだが、目敏い者が見れば、一頭分の毛皮だと気付かれるかもしれないとの事。
「胴体はともかくとしてもじゃ、手足が長くて太いのは、毛皮になっても隠せんからのぉ。……頭の部分は論外としても」
「切り分けて使えば大丈夫かと思ってたんだけど……」
「そりゃそうかもしれんがの。やっぱり勿体無いような気がせんか?」
「そうよねぇ……」
弟妹たちもコックリと頷いてるんだが……
「……ウォルティナの父に押し付けちゃうのはどうかしら?」
「ゼハン祖父ちゃんに?」
母方の祖父であるゼハン祖父ちゃんは、ウォルティナの町でそこそこ大きい雑貨商を営んでいる。出所を隠して毛皮を処分する伝手ぐらい持ってるだろう。……確かに、母さんの言うようにゼハン祖父ちゃんに押し付けるのが一番かもしれないな。
「どうせ三日後にはウォルティナに向かうんでしょう? 手土産に丁度好いわよ」
「手土産というにはちぃと刺激的ではないかの? エイダさんや」
「あら、ネモの手土産なんだと言えば、父も納得しますわよ」
……母さん……
・・・・・・・・
――その日の夕食は肉祭りだった。
魔獣であるバイコーンベアの肉や内臓は、できるだけ弟妹たちに食べさせておきたい。魔力を増やすのにも効果がありそうだしな。そうすると、俺を始め他の家族は何を食べるかって話になるんだが……今回はハーディボアって獣――魔獣ではない――がしこたま獲れたからな。気を遣う事無く肉を食えるってわけだ。
「しかし……バイコーンベアとハーディボアが纏まって手に入るとは……」
「何だか申し訳無い気がしますねぇ……」
「一頭や二頭ならともかく、この数だからな……独り占めしてるようで気は引けるが……」
「――じゃが、この数であるからこそ隠しておかねばならんという事もある」
「まぁねぇ……普通ならどうやったって狩れる数じゃないものねぇ……」
「お兄ちゃま、すご~い」
……確かに、ちょっとばかり多い気はするが……
「偶々熊と猪の群れが争っている場面に出会しただけだよ。……まぁ、上手く立ち廻ったっていう自覚はあるけど……」
〝漁夫の利〟とか〝鷸蚌の争い〟とかを地で行くような美味しいシチュエーションだったからな。幸運だった。
「それだけじゃない気がするけどねぇ……」
「いや、ネモの言うのにも一理あるじゃろう。バイコーンベアとハーディボアの群れが争うなぞ……と言うか、ハーディボアの群れにバイコーンベアがちょっかいを掛けるなぞ、滅多に無い事じゃ」
「あれ? そうなんだ?」
「少なくとも儂ゃ聞いた事が無いわい。……まぁ、そのバイコーンベアがまた、見た事も聞いた事も無いような大物なんじゃがな……」
さすがにこのサイズというのは、ヴィクレム祖父ちゃんでも見た事が無いらしい。ただしそこは年の功で、説明となりそうな事を教えてくれた。
「多分じゃが、他の魔獣を喰って育ったんじゃろうな」
魔獣が他の魔獣を――正確にはその魔石を――喰らうと、一際巨大化・凶暴化するんだそうだ。
「じゃあ、あの熊公が猪を襲ったのも?」
「確とは言えんが、凶暴化していたせいかもしれんの」
そういう事か。謎は全て解けた――
「まぁったく……去年からこっち、大水蛇もやけに出やがるし、一体全体どうなってやがるんだか……」
……うん。そう言えばディオニクスの事もあったっけか。あれは反体制派のテロという設定だったけど……まさかこっちの異変もそうなんじゃないだろうな?
いや……けど……ゲームにはそんな話、出てこなかったしなぁ……。それに第一、テロリストが湖沼地帯で騒ぎを起こす理由が見当たらない。……やっぱり偶然か?
「しかしネモ、バイコーンベアの内臓とか毛皮とか、ギルドとかに持ってかんでよかったのか?」
「デカ過ぎて騒がれでもしたら面倒だしね。内臓だって、みんなで食べた方が美味いだろ?」
「まぁ……お前の獲物なんだし……お前がいいってんならいいけどよ……」
「あ……でも、熊の胆だけは王都の薬師ギルドに持っていこうかな。みんながよければだけど」
一応確認を取ったんだが、普通の熊の胆ならあるから大丈夫だと言われた。ちょっとデカいような気もするが……これくらいは誤差の範囲だよな、うん。