第二章 巻き直しの新生活 1.退寮者
~Side ネモ~
「じゃあね、今日からここがあんたの部屋になるから」
「はい、どうか宜しくお願いします」
「こっちこそ宜しくね。……しかし、あんたも災難だねぇ」
「ははは……まぁ、仕方がありませんよ。寧ろ寮より過ごし易そうなお部屋なので、安心しました」
「それにしてもねぇ……何があったか知らないけど、あんたみたいないたいけな子供を放り出すような真似をして……学園ってところも大概薄情なんだねぇ」
王立魔導学園は基本的に全寮制であり、学生は三年の間寮で生活する事を義務付けられている……そう、基本的に。
そんな王立魔導学園の生徒である俺は、今日から学園外の宿屋に住まいを移す事になった。
事の次第は以下のようなものだった――
学生寮で俺の同室だったやつは、どこぞの商人のドラ息子であったらしい。妙に実家の事を鼻にかけていて、厚かましい上に詮索好きの、端的に言えば友達付き合いをしたくないタイプのやつだった。それだけならまだしもこのクズ野郎、甘やかされた育ちのせいか、〝他人のものは俺のもの〟的な考えを持っていて、しょっちゅう俺の私物を漁ろうとしていやがった。俺が紳士的に注意すると、その時は神妙に恐れ入るんだが、全然反省していないのは見え見えだった。
その日俺が自室に戻ると、そのクズ野郎――名前は聞いたような気もするが思い出せないし、正直思い出したくもない――俺の秘蔵の木の実を勝手に食べ散らかして、挙げ句に〝こんな貧相なものを持ち込むな〟なんぞとほざきやがった。
――俺が学園に入学するに当たって、おやつの代わりにと弟と妹が、一所懸命に集めてくれた木の実を。
ブチ切れた俺が【眼力】を発動して睨み付けたのを、咎める事は誰にもできないと思う。気が付いたら、クズ野郎は泡を吹き白目を剥き小便を漏らして卒倒していた。
前世の性格が表に出て来たせいなのかとちょっぴり心配になったが、能く考えてみるとそうでもないようだ。こっちでも目付きの悪さで絡まれる事は多かったし、そういうやつらから我が身や弟妹たちを守るために実力行使に訴える事もあったからな。前世と同じく体格と身体能力も良かった俺が、前世と同じような境遇に置かれれば、そりゃ前世と同じような立ち位置に落ち着くのも必然だよな。
ラノベとかだと、前世の記憶を思い出したのが切っ掛けで人格の交代が起きるというのが定番だったんだが……別にそんな感じはしない。ただ、知識や記憶が増えただけって感じだ。まぁ、性格というのは行動パターンの集積みたいなもんだし、その行動や判断の元になるのが知識や経験だから、今後はそれに影響される事も出て来るかもしれんが……少なくとも今の時点で、自分の人格が変わったっていう自覚は無いな。……前世現世の性格がほぼ同じなんで、交代に気が付いていないだけ――って可能性はあるが……
――まぁ、それはともかくとしてだ。
この事が学園の方で問題になったらしく、円滑な学園生活を送るためとかいう理由で、俺は寮を出て学園の外に宿を借りる事になったわけだ。家賃は学園が負担してくれるそうで、俺としては別に不都合は無い。
……と言うか、面倒な主役組と関わる機会が減って、寧ろありがたいくらいだ。いっその事退学にしてくれてもよかったんだが、俺がユニークスキル持ちではないかと目されている事もあって、そう上手くは事が運ばないようだ。
まぁ、今は贅沢を言わずに、我が身の幸運を喜ぶとしよう。
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~Side ライサンダー学園長~
まったく……小役人という連中は度し難いものだ。
今年一番……いや、近来に無い有望株と目されているネモという少年が、何やら乱闘騒ぎを引き起こしたと聞いて現場へ駆け着けてみれば……以前から評判の良くなかったカイズという少年が泡を吹いて卒倒していた。
事情を訊いてみれば、カイズの阿呆めが勝手にネモ君の私物を食い漁った上に、彼の弟妹を侮辱するような発言をしたらしい。それを少し強い調子で咎めたら、勝手に震え上がって目を回したのだという。
後に目を覚ましたカイズはネモ君に暴力を振るわれたと主張したが、医者の診断や隣室者の証言などから、ネモ君の主張が正しい事は明らかじゃった。カイズのやつめに突っ込んだ質問をしたら、あやふやな答えしか返ってこなんだしな。
どこをどう突いてみても、ネモ君が咎められるべき筋合いは無い。
なのに……あの馬鹿者どもは、喧嘩両成敗だなどとほざきおって……
それは双方が道理を忘れて暴力に至った場合の事じゃ。ネモ君は謂わば言いがかりを付けられたようなもの。言いがかりを付けられた被害者まで加害者と同列に処罰するようでは、そもそも審判者として鼎の軽重を問われるだけ。こんな事では学園側に仲裁を頼もうとする者などいなくなるわ。
やつらの腹は読めておる。ネモ君を危険分子と認定して、彼を寮から追い出す事で見かけ上の平穏を取り戻そうというつもりじゃろう。カイズの実家は裕福な商家のようだし、そこからなにがしか袖の下を得ておる者もおるのだろうて。カイズの実家に配慮したつもりじゃろうが……喧嘩両成敗ならカイズも当然退寮だと言ってやった時の顔。こちらから先手を打って実家の方に退寮を通告したら、即日で家の方から退学届けが出されたのをみると、親の方は少しは恥を知っておると見える。
当てが外れたらしき職員どもは、後でじっくりと締め上げてくれるわ。
そんな事より問題は――この事が原因でネモ君が学園に、延いてはこの国に愛想を尽かすのではないかという事じゃ。ネモ君は粛々と処分を受け容れて寮を去って行ったが……これは処分などというものではない。学園側の愚行と横暴に過ぎぬ。
今回は間に合わなんだが、このような愚行をしでかした小役人どもは、必ずや捻り潰してくれるわ。そもそもこの学園は、優秀な人材を国が囲い込む事を目的として創られたもの。なのに、実力よりも親の権勢に阿るような小役人が幅を利かせおって……国にとっては百害あって一利も無いわい。
この学園を勢力争いの道具としか見ておらん馬鹿貴族どもはいずれ潰すとして、手始めにその走狗たる小役人の粛清から始めるか……
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~Side ネモ~
……後で聞いたら、俺の二つ名が「恐怖の大王」に決まったそうだ。例の騒ぎを間近で見たか聞いたかした寮生がいたらしい。
他の候補としては、バジリスク、コカトリス、凶眼、魔眼、視弾なんかがあったと聞いた。
……泣きたくなってきた。
ノストラダムスの「予言集」(百詩篇)の第10巻72番に登場する「アンゴルモア」と「恐怖の大王」は別物だという説や、「恐怖の大王」ではなく「世話役の大王」だとする説もあるようですが、ネモが転生した世界ではこうだという事で。