幕 間 その頃の彼ら 3.アスランの場合
~Side アスラン~
「……そうか……父上も、正妃様も……上の兄上たちも……」
夏休み、学園の寮に面会に来てくれたハラディンが、祖国の状況を教えてくれた。
すぐ上の兄シモンは、クーデター後に父王と正妃様、正妃様のお子である二人の兄上を弑したという。姉上や妹たちは無事らしいが……
「何処かに監禁されておいでのようです。ただ。場所の絞り込みまでは……」
「いや、そこまでする必要は無いよ。下手に動いて目を付けられでもしたら、そっちの方が拙いからね」
多分だけど、姉上たちの身に危険が及ぶ事は無い筈だ。ラティメリア王家は男系主義だから、女子は何人いても兄の……シモンの脅威にはならない。そして……僕の母親も、また別の理由で生かされている筈だ。
「……しかし……これで王家の嫡流は途絶えましたな……」
ハラディンの言うとおり、王家の嫡出子はこれでいなくなった。王家の血統を継ぐ男子はシモンと……
「……アズライン様だけになりますな」
……そう、僕だけだ。
「逆に言えば、僕が帰国しない限り、兄……シモンの身は安泰だ。現時点で王家の血を継ぐ者が他にいないからね。軍にしろ貴族にしろ、表立ってシモンに反抗はできないさ。言ってしまえば、これは王家の内紛に過ぎない。誰が王位を継ごうとも、『王』さえいればラティメリア王国としての不都合は無いからね」
「……アズライン様の帰国を促す者が出てくるかと……」
「今は帰国するわけにはいかないよ。母が人質に取られている事を措いても、シモンは既に戴冠を済ませているんだろう? 簒奪であれ何であれ、一旦国の主権者となった以上、それに刃向かう者は叛逆者となる。日和見の貴族たちが僕に付くとは思えないから、僕としては自分だけの軍勢を育てないと何もできない」
「……この国の協力は得られませんか?」
「シモンが表立って攻め込んで来れば、僕を御輿に押し立てて反攻に動くだろうけどね。シモンだってそこまで馬鹿じゃないだろう。まずは国内の掌握に動くと思うよ。違う?」
「確かに……他国へ兵を向ける兆しは見えませんでした」
「そうは言っても、僕の存在はシモンにとって目の上の瘤、喉に刺さった小骨のようなものだからね。黙って見ているとは思えないけど、ここ王立魔導学園にいる限り、手は出してこないよ。下手を打つとオルラント王国が黙っていないからね」
どちらかと言えば、ハラディンの方が危ないんだけど……
「その心配はご無用に。それなりの注意はしてございますからな」
「叔父上は保身には長けているからな」
「エルメイン……久々に口を利いたかと思えば、第一声がそれか?」
「主が話しておいでなのに、従者の俺が割り込むわけにはいかんだろう。差し出口を利いたのは、主の懸念を払拭するためだ」
「エルらしいね」
エルは僕の従者という役割に徹している。本当なら、叔父と話したい事もあるだろうに。
「それは後で幾らでも訊けますから。……それよりも、俺はずっと不思議な事があるんですが……この際だからお訊きしてもいいですか?」
「何だい?」
「そもそも兄君……いや、シモン王子は、何だってまたクーデターなんか起こしたんです? 野心家って柄じゃないように思えたんですけど」
あぁ……確かにシモンは野心家などではない。どちらかと言えば小心者になるだろう。……エルの疑問も解らないではないかな。
「多分だけど……動機となったのは不信感と恐怖感だろうね」
「「不信感と恐怖感?」」
あぁ、やっぱりハラディンにも解っていなかったか。
「ラティメリアでは、基本的に嫡出子以外の男子が王位を継ぐ事は無い。これは知っているよね?」
「はい、それは勿論……」
「だったら、僕やシモンみたいな妾腹の男子、あるいは姉上や妹のような女子王族の存在理由は何だと思う?」
「「…………?」」
解らないだろうな、一般人には。
「生贄だよ」
「「生贄!?」」
「言葉は悪いけどね、本質的には同じさ。何か問題が起きた時に、『王族』に責任を取らせるための消耗品として生かされているんだよ、僕たちは」
あぁ……やっぱり驚くか……
「シモンはそれに耐えられなかったんだろうね。いつ、何が起きて生贄にされるか判らない。上の兄二人は嫡出子だし、何かが起きた時に生贄にされるのは自分だ。それが嫌なら現状そのものを打開するしかない。そう……思い詰めたんだと思う」
僕だって似たような危機感は抱いていたからね。気持ちは解るさ。ただ……僕には魔法があった。優秀な魔術師の王族なら、王家にとってもそれなりに価値がある筈。使い捨てにはされないだろうし、万一の場合は身を守る縁にもなる。そんな打算もあって、ここオルラント王国の魔導学園に留学したんだけど……
「まさか、僕のいない間にこんな事になるとはね」
「優秀な魔術師であられるアズライン様を粛清するとなると、兵の損耗が大き過ぎますからな。折良く国を出られたのを、千載一遇の好機ととったのでしょう」
「……僕が国を出なかったら……父上や兄上は死ななかったんだろうか……」
「それは無いでしょう。シモンの挙兵が危機感に拠るものだったとすれば、遅かれ早かれ同じ事になった筈です。アズライン様が巻き込まれるかそうでないかの違いに過ぎません」
「アスラン様……アズライン様が気に病む事は無いです。悪いのはシモンであって、アズライン様ではありません」
二人とも……シモンの事を呼び捨てか。……二人の中では、既にシモンは敵であり、討伐の対象なんだろうな。
「……そうだね。僕が生き延びたのは天の采配。そう思う事にするよ。……そして、これが天意なら、僕の進み道は決まっている」
「……では……」
「あぁ。いつの事になるかは判らないけど、簒奪者シモンを討つ。……二人とも、協力してくれる?」
「「御心のままに」」