幕 間 その頃の彼ら 2.ドルシラの場合
~Side ドルシラ~
「はぁ……」
思わず溜息が出てしまいます。
恨めしい夏期休暇に入ってからはや半月。こんなに長くネモさんと……ネモさんのお弁当と会えない事が、こうまで堪えるとは思いませんでした……
実家の料理はそれは美味しいのですけど、ネモさんが腕を振るったあの薄味のお食事、慣れてしまうと癖になるのですよね……禁断症状というものですかしら。
特に、あの雑穀。ネモさんは「コメ」と呼んでいらっしゃいましたけど、あの白くて軟らかで甘味のある雑穀。あの味わいは素晴らしいですわ。パンだとあそこまでの瑞々しさは得られませんし……その代わり、調理に手間がかかる上に、パンほどに日保ちがしないのだとおっしゃってましたわね。調理する前の雑穀の状態でなら問題無く保存できるそうなのですけど。……一長一短という事ですかしら。
「お嬢様、失礼致します」
ノックして部屋に入ってきたのは料理長でした。〝噂をすれば影〟というのでしょうか。
「あら、料理長。何か判りまして?」
「いえ……申し訳ございませんが、出入りの商人たちに訊いてみても、誰もお嬢様のおっしゃるような白い雑穀の事は知りませんでした。ネモという少年の出身はウォルトレーンという事でしたから、あるいはご領地にも生えているのではないかと思い、そちらの商人にも問い合わせてみたのですが……」
「そうですか……〝生えている量が少ない〟とは聞いていましたけど……」
「かなり珍しいものなのかもしれません。あるいは……異国の商人が持ち込んだものが偶々根付いたか……」
「そういう事がありますの?」
「はぁ……。穀物では聞きませんが、草花などではそういう事もあるようです。元々庭に植えられていたのが、野原や道端で見かけるようになったりとか」
「それでしたら……異国の商人からも話を訊いた方が良いでしょうかしら?」
「その方が宜しいかと。ただ、そこまでいくと私の職掌を越えますので……」
「解りました。この件はお父さまにも相談してみます」
「それから……魚の皮を特別に調理する風習については確認できませんでしたが、お嬢様のおっしゃった魚については見当を付ける事ができました」
「まぁ! それは重畳ですわ」
「恐らく塩漬けにしたものだろうと思いますので、取り寄せを注文しておきました」
好判断です、料理長! パンとの相性については今一つ判りませんけれど……あのパリパリとした皮がもう一度食べられるというなら、文句はありませんわ。味わいが違っていればそれはそれ、休み明けにネモさんに強請る……いえ、そうではなくて……確かめる口実ができるというものです。
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~No-Side~
レンフォール家の料理長が米の正体に辿り着けなかったのには理由がある。
この国で栽培されている穀物と言えば麦――大麦・小麦・ライ麦――であり、それ以外に知られている雑穀も、すべて畑で栽培されるものであった。
要するに、〝湿地に生育する穀物〟というものは、彼らの想像の埒外にあったのである。これは当のウォルトレーンに住まう者とて例外ではなく、誰一人として「米」を食べようなどとは考えなかったのである。先入観のなせる業であろうが。
ちなみに陸稲に行き当たらなかったのは、これはもう単に不運であったとしか言いようが無い。
ドルシラ嬢は「白い」雑穀である事を強調していたが、裸麦やその精麦についての知識を持つ料理長は、穀付きの段階ではそこまで白くはないのではないかと思っており、商人たちに問い合わせる際にもその点はあまり強調していなかった。
ただし、そもそも湿生植物であるイネが穀物として認識されていなかった事もあり、この国での「米」探しは暗礁に乗り上げていたのである。
他の大陸には「米」を主食としている民族もいるため、海外の商人たちに問い合わせればその正体はいずれ知れようが、それまでドルシラ嬢は、米の飯について我が身の不遇を託つ日々が続きそうだ。