幕 間 その頃の彼ら 1.ジュリアンの場合
~Side ジュリアン~
王族の務めとは言え、ほぼ連日のお茶会だの夜会だのに駆り出されて、精も根も尽き果てようかという毎日。今頃は故郷でのんびり寛いでいるだろうネモ君が羨ましくなってくる。今日もそんなお茶会の一つを終えて、トボトボと自室へ向かっていた時の事。
「ジュリアン、ちょっといいかな?」
僕の事をファーストネームで呼び捨てにする者は多くない――危うくネモ君もその中に入るところだったけど。なので思わず振り向いたんだけど、そこにいたのは……
「ローランド兄上……」
僕のすぐ上の兄、ローランド王子だった。兄とは言っても腹違いになるため、平生そう親しく話す事は無い。別段仲違いしているわけではないけど、どうしても異腹同士となると遠慮のようなものが出てしまう……子供の頃はそうでもなかったんだけど。
なのにこの日のローランド兄は、そんな遠慮などどこかに置き忘れたかのように僕に話しかけてきた。
――何かに憑かれたような勢いで。
「ジュリアン、大武闘会の道場対抗戦に出場したあの二人、お前の同級生なんだって?」
キラキラと目を輝かせ、逸る心を抑えかねたように訊いてくる兄。……あぁ、そうだった。この兄は武芸の事となると眼の色を変える質だったっけ。僕が子供用の剣を貰った時、一番喜んでくれたのもこの兄だった。
……ついでに思い出した。僕と一緒にカーテンに斬りかかってズタズタにしたのに、アガサが来るのを見て素早く――僕を置き去りにして――逃げ出したのもこの兄だった。悪い人ではないんだけど、要領の良いところがあるんだよな……
「あ、はい、そうですけど……」
「機会があったら紹介してくれないか? 特に先鋒で出陣して、あの剛剣アレンをすんでのところまで追い詰めた彼、ネモとかいったっけ?」
兄上……出陣ではなく出場です……
「えぇと……兄上は騎士学園の生徒でしょう? 魔導学園を訪ねるのは、色々と拙いんじゃ?」
犬猿の仲とまではいかないけど、魔導学園と騎士学園は――何かと比較され易い事もあって――ライバル意識が露骨だからね。況して騎士学園の王族が魔導学園を訪ねたりしたら……
「兄が弟を訪ねるのに、何を憚るところがある――と言いたいところだが……そうもいかないか」
「兄上、騎士学園ではそこそこ注目されてるんでしょう? ちょっと拙いんじゃないかと」
「そこそこって……いや、確かに、人に見られたら面倒な事になるか」
「だからと言って、大っぴらに王宮に呼び出すわけにもいきませんよ? 特にエルメイン君はアスラン君の従者ですし」
……ネモ君は物凄く嫌がりそうだな。
「アスラン殿下のか……そりゃ、確かに拙い事になりそうだな」
「兄上……アスラン君は〝殿下〟じゃありませんから……」
「おっと、そうだった。どこで誰が聞いているか判らないから、気を付けないとな。しかし……そうなると、どこかで偶然を装って会うしか無いのか……」
「だけど、僕とネモ君が連れ立って学園の外に出る機会なんて、ほとんどありませんよ? あったとしても、それは課外授業の時くらいですし……」
「あぁクソッ、面倒な……」
「それに……今は何より時期がややこしいんじゃないですか?」
対抗戦での活躍を見た騎士団関係者が、ネモ君に秋波を送っている……いや、送ろうとしているという噂は聞いたけど、バルトラン君が襲われた一件の裏に騎士団関係者がいるんじゃないかという噂も聞こえて来たからねぇ……
「――バルトランを襲ったやつの件か。あの件ではうちの連中も頭にきている。騎士の名なに悖る卑怯な振る舞いだってな。俺は立場上あまり強くは言えなかったんだが……この際もっと発破をかけるべきか……」
あの件が原因で、騎士団関係者と魔導学園の間に微妙な空気が流れてるからねぇ……「イズメイル道場のレオ・バルトラン」ではなく、「魔導学園のレオ・バルトラン」が襲われたんだと言い立てたコンラートのせいもあるんだろうけど……あれはあれで必要な処置だったからなぁ……
「よしっ! 決めたぞ! 馬鹿をやらかした連中について真相の究明と追及を促すように、騎士学園の空気を主導する! これ以上余計な迷惑をかけられて堪るか!」
あぁ……兄上が本気になったって事は……責任追及どころか粛清にまで話が進みそうだな。……こういうところがあるから、ローランド兄上に人事や外務関連は任せられないって、父上たちがぼやいていたっけ……