第十八章 初めての【願力】
~Side ネモ~
カソルの町を発って二日目、街道を進んでいた俺の反対側からやって来た行商人っぽい人が、俺を見て大きく手を振ってきた。……何かあったんだろうか?
「――え? 通行止め?」
「あぁ。こないだの雨で土砂崩れが起きたらしくてね、流れ込んだ土砂のせいで川が堰き止められて、溢れた水が街道を覆ってしまってる。堤防も一部が決壊していて、かなりな範囲が酷い泥沼状態になってしまってるから、馬車は勿論、歩いてでも渡るのは難しいよ」
……おぃ、冗談じゃないぞ。俺の故郷に行く道は、これ一本で抜け道は無い。大きく迂回するルートはあるんだが、そっちを使うと休み中に辿り着けるかどうかさえ怪しくなる。どうにかして突破するしか無いんだが……
「……とにかく現場を見てから決めます。無理をすれば突破できるかもしれませんし」
「あの様子じゃ無理じゃないかねぇ……。畑の畦を通って行こうとしていた人もいたけど、足場がかなり悪くなってるみたいだよ」
「……ともかく、一応行くだけ行ってみます。ありがとうございました」
「あぁ、無理するんじゃないよ?」
「はい」
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「これは……突破は難しいか……?」
あの行商人さんの言うとおり、こないだの雨で山が崩れて土石流が発生し、流入した土砂で河道が塞がってる。堤防も一部が決壊したため、溢れた水が街道沿いを広く覆って泥沼状態だな。単に水没しただけならともかく、泥流だか土石流だかに覆われた後だから、地面の状態は酷く悪い。……強行突破は無理か。
決壊箇所からの溢流のせいで、修復作業も遅々として進まないみたいだ。どうも土嚢についての知識が無いみたいだな。土魔法使いが到着するまでは現状のままみたいな事を言っている。埋没して閉塞した部分の土砂に水路を掘るくらいはやってるみたいだが……焼け石に水か。
雨で地盤が不安定になっているから、山越えも無理。然りとて、河の反対側の農地も広く土石流に覆われていて、足場の悪さは街道と同じ。下手に踏み込んだら泥の中で立ち往生するのが目に見えている。……いや、比喩表現じゃなくて、実際に立ち往生しているのが目の前にいるからな。
こうなると……
「ここは【願力】を試すしかないか……」
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夜明け前に再び現場に立ち戻ると、周りに人がいないのを確認した上で、俺は【願力】の使用に踏み切った。前に一度使った――正確にはうっかりボタンを押した――事があるから、遣り方は判ってる。
ちなみに、前回貰ったガチャチケットは使わない。あれは【願力】のクールタイム制限を躱せる可能性があるからな。こんなところで使うのは勿体無い。
【願力】が使用可能になっている事を確かめると、この現状を打開する方法、つまり、泥沼化したこの場所をどうにかする方法が欲しいと一心に念じながら、メニューを開いて「神引き」を選ぶ。
……前回は碌に画面を見る暇も無かったんだが……三つの珠が表示されているな。それぞれ「最高神のお薦め」・「闘神のお薦め」・「悪神のお薦め」ってなってるんだが……どれかを選ぶのか? ……あぁ、いや違う。籤を引くと、三つのうちどれかが当たるのか。で、何が当たるかは勿論、それぞれの内容も引いてみるまで判らない、と。……結構ギャンブル要素が強いな、これ。まぁ、どれに当たっても問題の解決にはなるみたいだが。
三つの珠が文字どおり三つ巴に回り始め、そのスピードが一定したところでボタンを押した。ポチっとな。
当たったのは、「最高神のお薦め」。中身は……【熱交換】?
ふむ……説明を読んでみたが、これは任意の場所に熱の勾配を設定するスキルらしい。一旦使用した後は、術者がその場を離れても、暫く効果を及ぼし続ける仕様のようだ。冷暖房には持って来いだろうが……現状の打開にどう使えと……あぁ、そうか、泥濘を凍らせてしまえばいいわけか。早速試して……おっと、一気に凍らせたら拙いな。熱の分布を変えるだけだから、一ヵ所を低温にした場合、反動で高温が生じる事になる。電気冷蔵庫の放熱板と同じだな。そんな熱風をまともに浴びちゃ堪らん。
少しずつ冷やすように、熱気は上に逃げるようにしてやると……おぉ……段々と泥濘が凍結していく。完全に凍ってしまえば安全に渡れるな。この世界にはちゃんと氷結の魔法も存在しているようだから、旅の魔法使いか何かがそれを使ったって事に落ち着くだろう。
説明にはちゃんとその辺りの事も書いてあった。……フォローが行き届いてるな。さすが最高神様だ。
何でも、こちらの世界の氷結系の魔法は、精霊に頼むというものが多いらしい。では、その精霊はどうやって凍らせているのかというと……上空の冷気を召喚しているのか。……そういえば、そんな映画もあったような……これは予想外だったな。
魔力で直接凍らせるタイプの魔法も無いわけではないらしいが……ふぅん……同じような氷結系の魔法でも、随分と色々なタイプがあるんだな。水の蒸発熱を利用する水系統の魔法も多いようだ。他には……分子の運動速度に干渉する? そりゃ……理屈の上では可能だろうが……「マクスウェルの悪魔」みたいなもんかね。……あぁ、やっぱり消費魔力がとんでもない事になるらしいな。俺が貰った【熱交換】ってのは、比較的コスパが良いみたいだ。
貰わなかった他の二つはどうなのかと思って見てみると……「闘神のお薦め」は脱水の魔法。干魃みたいな状態にして地面を乾かすというものだった。ある意味ではこれが最も正統的な解決だな。水魔法の一種なわけか。かなり魔力は消費するが、これも悪くない選択肢だったな。
で、「悪神のお薦め」は……水魔法で水位を上げて船で渡れるようにする? ……確かに……そういう方法もありか。一時的な増水の理由なら、上流で土砂ダムが崩壊したとか何とか言い抜けられるだろうし……いや、水魔法という事で説明できるのか? ……俺が舟さえ持っていれば、これも意外と悪くない選択肢か……
……泥沼状態を魔法でどうにかするだけでも、こんなに色んな方法があるんだな。それを教えてもらったのが、ある意味で一番の収穫か。……おっと、もう渡れそうだな。
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首尾良く凍結した泥濘を渡って、暫くしてから気が付いた。
「……泥濘をどうこうするっていうより……空を飛ぶ方法でもお願いすれば良かったんじゃないか……?」
思わず膝から崩れ落ちそうになったが、それだと俺一人が泥濘を突破できた理由が付かないと思い直した。
だから……悪い選択じゃなかった筈だ。……そう思いたい……