第十七章 カソルの町 6.大水蛇(その2)
~Side アレン~
「おぃネモ、被害の現場を見てぇって……何か判んのかよ?」
「色々な。例えば……そこの草が少し折れてるのが判るか?」
「ここかぁ? ……あぁ、まぁ、折れちゃいるみてぇだが……」
「そこが大水蛇の通った跡だ。幅が広いところを見ると、山羊を丸呑みにした帰りだな」
「あぁ?」
――おりゃ、ぶっ魂消たね。
そんな事まで判るのかと詰め寄ったんだが、ネモのやつは間違い無いと言う。
で、その通った跡とやらを跟けて行くと、用水路から川へと続いていた。ネモはしばらく川沿いを調べていたが……
「……あの窪みの奥にいるみたいだな」
「あ? だったらさっさと追っ払ちまっ……たら……拙いのか」
「薬師ギルドと魔導ギルド、皮革ギルドからの要請があるんだろ? 一応、形だけでも努力しておかなきゃ、後々ギルドの仲がギクシャクしかねない。俺だって、自分の評判に関わってくるからな」
……まぁ、そりゃそうだわな。
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その晩ネモは、フラフラになるまで酒を飲ませて酔っ払わせた山羊――ちっとばかり羨ましい気もすんな――を餌にして、大水蛇を誘き寄せる手に出た。前回の食事からの日数を考えると、そろそろ動き出してもおかしくないってぇんだが……
「酔っ払うと体温が高くなるからな。熱で餌を感知する蛇類にとっては目立つだろう」
……言ってる事の意味は解らねぇが……
「おい……ネモ……こんな蒸し暑い真似をして待たなきゃならんのかよ?」
「言っただろ? 蛇は獲物の体温を感じる事ができるんだ。餌の山羊より大きな生き物が隠れてちゃ、警戒して寄って来ねぇだろうが」
この暑い時期に、保温の魔道具――熱を遮断する効果があるとか言ってたが――だとかいう毛皮をひっ被って隠れるなんざぁ……こんな真似が必要と知ってりゃ、引き受けなかったぜ……
「……ほら、来たぞ」
「おっ!?」
呆れた事に、本当に大水蛇がやって来て、酔っ払った山羊公を丸呑みにしちまった。蛇の野郎、しばらくそこに蟠ってたが、やがて来た道を引き返し始めた。
「追うぞ」
「おう」
蛇はそのまま川へ飛び込むと、ネモが言ったとおりの場所に引き籠もりやがった。
「おぃネモ、何で見逃したんだよ?」
「慌てんなよ、アレン。山羊に仕込んだ酒精と薬が廻るのに、半日ほどは時間がかかる。ここに見張りを立てて、俺たちは朝まで寝ませてもらおうじゃないか」
……ネモの言うとおりに朝まで寝させてもらったわけだが……
「さて、そろそろ酒精も廻った頃だろう。棒で突いて追い出すぞ」
「おぉ……本当に上手くいくのかよ?」
「さぁな。俺だって、こんなやり方は初めてなんだ。ただ……酒と薬と満腹のせいで動きが鈍ってる筈だから、取り逃がす心配は少ないと思うんだがな」
動きの鈍ってない大水蛇は、水の中じゃ恐ろしく速いんだそうだ。何の準備もせずにちょっかいを出せば、あっという間に逃げ出して、捕捉するのはまず無理なんだと。……昨日手を出さなかったのは、そういう事かよ。
……結局、ネモの言うとおり動きの鈍った大水蛇は、縄で絡め取られて水から引き上げられ、ネモに首を刎ねられる事になった。首の無い胴体がのたうち回っているのを見た時にゃ、思いっきり腰が引けたが……ネモに言わせると、蛇は大小を問わずこんな感じらしい。……女どもは卒倒しかねんな……
あとはネモが手慣れた様子で皮を剥ぎ、内臓を取り出して、それぞれをマジックバッグに収納して終わった。マジックバッグは学園からの貸与品だってぇが……羨ましい話だぜ。
大水蛇の素材は、頭と内臓を薬師ギルドと魔導ギルドが、皮を皮革ギルドが……争うようにしてとんでもない値段で買い取っていきやがった……。お蔭でこちとらの懐も随分と暖かくなったが……半分も貰ってよかったのか?
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~Side ネモ~
朝のうちに大水蛇を狩る事ができたので、早めに出発しようと思っていたら……天の底が抜けたような豪雨になった。とても歩けるような状態じゃないから、諦めてもう一日この町に宿泊する事にした。
……長く降り続くような事は無いだろうな? いや、それより、雨で道が崩れたりしないだろうな?