第十五章 帰省の準備 2.平民出身者の夏休み
~Side ネモ~
クラスのセレブ連中が当てにならない――どころか、吊し上げられそうになった――ので、平民出身者に事情を訊いてみる事にした。
とは言っても、現状で俺が話した事のある平民出身者は、エルを除くとDクラスのナイジェルぐらいしかいない。アグネスは教会のシスター見習いだしな。……俺自身がバリバリ生え抜きの平民だって事を考えると不本意極まる現状だが、事実そうなんだから仕方がない。ゲームの中だとあいつは何かと貴族連中に反撥するキャラだったが……ま、俺は同じ平民仲間だし、その心配も無いだろ。
というわけで、やって来ましたDクラス。
入口でこちらを窺っている生徒をとっつかまえて、ナイジェルを呼び出してもらう。さすがにいきなり教室内に入って行くような、KYな真似はしませんて。
……エリックとかなら平気でやりそうだが……。あいつ、ゲームにも登場していなかったのに、結構キャラ濃いよな……
「な、何だよ、いきなり呼び出して」
「おぅナイジェル、ちっと訊きたい事があるんでな。付き合え」
そう言ってナイジェルを連れ出す。さすがに廊下の真ん中で、金策の立ち話なんかやりにくいしな。……だから……ナイジェルよ、そう怯えるな。末は魔王を討伐しようかってお前が、そんなんじゃ格好が付かんだろうが。……あぁ、今日は早口言葉も無しだから……いいから観念してこっちへ来い。
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「帰省のための旅費?」
意外そうな表情で聞き返すんだが……別におかしな事は無いだろう? お前が王都のスラム出身なのは――ゲームの設定を読んだから――知ってるが、クラスには他の町から引き抜かれた子供だっているだろうが。
「……いや……そもそも一年生で帰省なんかしないからな?」
……あれ?
「俺たちは出身地に拘わらず、休みの間は金の工面だよ。……ネモは違うかもしれないけどな」
「いや、俺だって金策に励まなくちゃいかんのは同じだからな。その目的が旅費だから、短期間でそこそこの稼ぎになる方法を知りたいだけで」
「お前なぁ……そんな割の良い稼ぎがあるわけ無いだろ? あったとしても、俺たちみたいなガキのところに廻ってくるかよ」
「それじゃ、他のやつらは旅費をどう工面してるんだ?」
「だから……一年生の間は里帰りなんかしないんだって。休みの間にちまちまと金を貯めて、来年冒険者ギルドで仮登録してから帰るんだよ」
仮登録すると受けられる採集依頼も増えるし、場合によっては簡単な護衛依頼も受けられるので、帰省の途中で効率的な金策ができるんだそうだ。なるほど。
「ネモは一年なのに帰るのか? 変な稼ぎをしてるって聞いたけど……」
おぃ、変な稼ぎは言い過ぎだろうが。冒険者ギルドで受付やってるだけだ。……こないだは蛇材特需で稼いだけど、あれは偶々だからな。
「里心が付いたって言うより、弟や妹が心配でな」
そう言うと、ナイジェルは納得したように頷いていた。……そう言えば、こいつにも妹がいるんだっけ。しっかり者で可愛いのに攻略対象じゃないって、前世の妹が残念がってたな。真っ当な道に立ち返ってくれてればいいが……いや、もう二百年前の事なんだっけ……つい忘れがちになるな……
そんな事を考えていると、
「ネモは薬師ギルドの仮登録の事は知らないのか?」
薬師ギルド? 仮登録? 何だそりゃ?
「俺たちのクラスだと手っ取り早く稼げる冒険者狙いが多いけど、ここって魔導学園だろ? 長期休暇の間に金を稼ぎたい学生向けに、一ヵ月間限定の仮登録制度があるんだよ」
聞けば、ポーションなどを調合するのは自己責任だが、それを販売するのには免許が必要になるらしい。ただし、学園の生徒は仮登録さえすれば、等級外ポーションなら一ヵ月に限って販売できるのだという。ポーション以外にも、魔術師見習いとしてのアルバイトや先輩魔術師の手伝いとかで、小金を稼ぐ事ができるらしい。仮免許の取得には講習の受講が必須で、夏休みに入ってから開講されるんだと。
そんな話は初耳だと詰め寄ったら、学園側からの正式発表はまだ先になるらしい。ナイジェルのクラスはしっかり者が多いから、事前に情報を集めていたようだ。頼みになるクラスメイトがいて羨ましいぜ。詳しい事は学務係にでも聞いてくれというので、俺は礼を言ってナイジェルを解放した。
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~Side ナイジェル~
「どうだった? ネモ君、何の用だったの?」
ネモから解放されて教室に戻った途端、幼馴染みのクラリスが心配そうに駆け寄って来た。普段は生意気だけど、こういう時は可愛いんだよな、こいつ。
「あ~……何か、里帰りのための旅費を稼ぎたいとか……」
「え?」
「お里帰り――ですか?」
クラリスに続いて不思議そうに問い返したのはピンクブロンドの髪をしたレベッカ。玉の輿狙いで入学したと公言してるくせにあざといところが無いので、クラスの女子からも好意的に扱われてる。……暗に対象外と言われた男子たちは複雑そうだが。
弟や妹の事が心配らしいと言ってやると、あぁという感じで納得していた。
「ネモ君ですか……時々噂を聞きますね」
「あら? レベッカはネモ君狙いなの?」
「いえ……正直、興味はありますけど……玉の輿っていうのとは違う気がするんですよねぇ……」
「だよな。あいつ色々とおかしいだろ。妙に年上に見える時があるし……」
「あぁ……あんた、あたしより背が低いもんね」
「煩いな! まだ成長途上なんだよ!」
確かにネモのやつは背も高いけど、それだけじゃない気がするんだよな。今日話していても……何というか……妙に大人びたものの言い方をする時があるって言うか……
色々と冒険者の事を教えてくれる先輩が、能くあいつの事を口にするのが癪だったんだが……道場対抗戦を見てて解った。あいつ、俺なんかが敵う相手じゃない。
武闘会の一回戦を勝ち抜いてはっちゃけてた冒険者の兄ちゃんが、ネモに心を折られたっていうしなぁ……。まぁその兄ちゃんは、上には上があるって事を思い知ったせいか好い具合に力が抜けて、二回戦では落ち着いて相手を捌いてたけど。
「……俺は夏休みの間は冒険者の修行だけど、レベッカは薬師ギルドの仮免講習を受けるんだろ? ひょっとしたらネモと遭うかもな」
「う~ん……ネモ君って色々とコネを持ってるような気がしますし……お近づきになっておいた方が好いでしょうか」
人にあうのは「会う」、偶然に出会うのは「遇う」で、「遭う」というのは災難など好ましくない事に出くわす時に使います。