第十四章 詠唱と早口言葉 2.決着
~Side ネモ~
〝詠唱がどの程度効果を発するかには個人差があり、必ずしも詠唱を気にしなくても発動する事も多い。ただし、初心者は詠唱した方が発動し易い。いずれ後進の指導をする時の事を考えると、正しい詠唱を身に着けておくのが望ましい〟――って、詠唱の先生が言ってたじゃねぇか。今や詠唱至上派は主流の座から転がり落ちて、〝美しい詠唱は聞いている者に安心感をもたらす〟なんて往生際の悪い主張をしてるらしいが……。大体、無詠唱や短縮詠唱がある事自体が、詠唱が必須の技術じゃねぇって証拠だろうが。
……だがまぁ、そんな事を幾ら突っ込んでも承知せんのだろうな。なら……
「なら訊かせてもらうぞ? まず、お前の言う〝美しい〟ってやつがそもそも曖昧だろうが。美の基準なんてものは、国や民族、時代によっても異なるもんだ。仮にこの国の者が聞いて美しいと思っても、他国人には耳障りかもしれんだろう。そこはどう考えてるんだ?」
「そ、それは……」
「お前の言う〝美しい〟詠唱ってのは、所詮この国の一部だけの事か? 一部貴族階級の内輪だけでの自慢話だってんなら、俺もこれ以上は言わんがな」
――と、ちょいとばかり挑発してやると、
「ち、違う! 僕の言う〝美しい〟詠唱は、もっと普遍的なものだ!」
――馬鹿が。引っ掛かりやがった♪
「ほほぉ……って事は、詠唱の内容に拘わらず、〝美しい〟詠唱ができると言うわけだな? 初見の呪文でも外国語の呪文でも、問題無く詠めると? 真に美しい詠唱を求道するなら、それくらいの事はできるよなぁ?」
「勿論だ!」
……自信満々に言い切るところを見ると、外国語もそれなりに得意なんだろうな。だがな、お生憎、お題は外国語なんかじゃねぇんだよ。
「なら、意味不明な発音の羅列であっても、流暢に唱える事ができるよなぁ?」
「え……?」
・・・・・・・・
「ア、アカマキマミ、アオガキマギ、キマキマキ」
「〝赤巻紙、青巻紙、黄巻紙〟だってんだろうが。やり直し!」
「ア……アマカキ……うぅ……何で俺まで……」
俺のお題は日本語での早口言葉だ。アナウンサーの滑舌の訓練にも使われるとか聞いた事があるし、これを流暢に熟せたら一人前だと煽ってやった。KY男子のドジソンとかいうやつ、引っ込みが付かなくなったみたいで早口言葉に挑戦したんだが……案の定、碌すっぽできなかった。
知らんぷりして離脱しようとしていたナイジェルを捕まえて、連帯責任だからお前もやれと言い付ける。ナイジェルのやつ、〝俺は被害者だ!〟――なんて言ってたけどな、これこそ喧嘩両成敗だろうが。お前ら二人、どんだけ低レベルで争っていたのか、この際だから理解してもらうぜ。ついでに被害者同士の共感でも芽生えれば、妙な敵対意識なんか持たなくなるだろ。
「おらっ! 次だ。〝あひるピョコピョコ三ピョコピョコ、あひるピョコピョコ三ピョコピョコ、合わせてピョコピョコ六ピョコピョコ〟
「あ、あひるポコポコムポコポコ……」
「やり直し!」
この後、〝東京都特許許可局許可局長〟〝バスガス爆発〟〝お綾や母親にお謝りなさい〟の辺りまでシゴいたところで、両名から仲良く泣きが入ったので解放してやる。前世で妹をあやす時に使ってたから、割とこういうのは得意なんだよな。
ちなみに、俺はこっちの言葉で詠唱するとあまり上手くできないんだが、なぜか日本語で詠唱するとスラスラできるんだよな。五七五とか三十一文字とか七五調とか、リズム感に関係してるのかね。……まぁ一番驚いたのは、ガチの日本語で詠唱しても、ちゃんと魔法が発動する事だったんだが。
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~Side コンラート~
Bクラスのドジソンという生徒が学園の理念を蔑ろにするような発言をしたので、看過できずに口を出したが……意地になった彼が自分の非を認めようとせず、議論が平行線を辿りそうになった時、ネモが割って入って来た。彼の仲裁能力は知っているから、どうするのかと内心興味を引かれて見ていたら……実に巧妙に挑発して、無意味な発音の詠唱勝負などという妙なものに引き摺り込んでいた。
喧嘩両成敗と称してナイジェルまで引っ張り込まれていたが……二人とも終いには涙目になっていたな。あれならお互いに妙な蟠りは持たないだろう。……人は強大な敵を前にした時、最も強く結束するというからな。ネモのやつも巧いと言うか狡猾と言うか老獪と言うか……
……それにしてもあの文言、ネモ本人は妙に手慣れた様子で唱えていたが……あれはどこかの国の呪文か何かだろうか。とにかく唱えにくい発音の配列になっていた。……自分も密かに挑戦してみたが……惨敗だった。他にも挑戦していた生徒もいたが、全員轟沈していたようだな。
しかし……詠唱の練習になるかどうかは微妙だが、確かに滑舌の訓練にはなりそうだ。幾つか書き留めておいたから、暇を見つけて練習してみるか。