第十三章 初めての採集依頼 3.蛇皮顛末
~Side ネモ~
薬師ギルドと魔導ギルドに蛇の頭を卸した翌日、いつものように冒険者ギルドに出勤した俺は、ギルドマスターに声をかけられた。
「よぉ、こないだは薬師ギルドと魔導ギルド相手に、好い取引をしたそうじゃねぇか」
〝うちに一言の断りも無く〟……って続くのかと思ったんだが、そういうわけでもないようだ。
「採集依頼の発注者の意向だったんですが……何か問題が?」
「いや、問題ってわけじゃねぇ。……ねぇから、そんな目で見るのはやめてくれ」
え? 別に睨んでるわけじゃないんですけど? ……そこまで悪化したのか……俺の目つき……
俯いて密かに凹んでいると、ギルドマスターは俺の視線が逸れたので安心したような口調で話し始めた。……地味に堪える扱いだな……
「あー……まぁ、例の素材をウチの方で扱えなかったのは残念だが……それはもういい。で、その代わりってわけじゃねぇんだが……お前さん、蛇の皮は取ってねぇか?」
皮? 何かに使えるんじゃないかと思って取ってるけど? 前世でも蛇皮のベルトとか財布とかあったしな。
「ありますけど……?」
「おぉ! 助かった。で、ものは相談なんだが……」
「……皮を売れ――と?」
「あぁ。何でも先だっての一件を皮革ギルドが嗅ぎ付けたらしくってな。皮が残ってんなら売ってくれって打診が来たんだよ」
う~ん……「魔道具作製」の授業で使おうかと思ってたんだが……考えてみると、俺は蛇皮の扱い方なんか知らんしな。授業で教えてくれるかどうかも判らんし……ここは売るのが得策か? ……いや、折角の伝手が向こうからやって来たんだから……
「条件次第では構いませんよ」
「……条件ってなぁ?」
「蛇皮の事を一通り教えてほしい。どんな蛇の皮が売れるのか、何に使われるのか、それから、加工の方法なんかですね」
「……弟子入りするってわけじゃねぇんだな? そこまで深くない範囲でって事か?」
「えぇ。学園の授業で『魔道具作製』があるんですが、それに使えるかどうか試したいので」
俺の希望をギルマスが先方に伝えたところ、ともかく皮の実物が見たいというので、明日にでも冒険者ギルドに来てもらう事にした。
・・・・・・・・
「デスマスクパファダーの皮がこんなに!」
「これは……ランジットスネークだと!?」
「まさか……いや……フラットヘッドパイソン……なのか……?」
何か知らんが、職人さんたちが豪く興奮している。俺に紹介された時には――例によって――一瞬ビクついたみたいだが……そんな態度も皮を出して見せた途端に一転した。文字どおり目の色を変えて飛び付いたんだが……蛇の皮を剥ぐのは大して難しくないし、そんなに騒ぐほどの事は無いとおもうんだけどな。
「いや……その前に、あんな物騒なやつらを狩ろうなんて、普通は考えんからな」
「あ、ギルマス」
ギルマスはそう言うけど、蛇なんて味は良いわ栄養価は高いわで、言う事無しの食材だと思うんだけどな。
「……だからな、ネモ。蛇なんて、普通のやつぁ食材としては見ねぇんだよ」
「見てくれはともかく、美味いんですよ? 精も付くし」
「あぁ……デスマスクパファダーやらランジットスネークやらの内臓を食ってたんだってな……薬師ギルドと魔導ギルドの連中が嘆いてたって聞いたぜ?」
「頭を掻き毟ってる人もいましたね。けど、無駄になってるわけじゃありませんから」
「胸を張るなよ……そりゃ、まぁ、無駄にはなってねぇだろうよ……」
なぜか脱力していたギルマスだが、職人さんたちが群がっている様子を見て、改めて感心したように……聞き捨てならない事を口走った。
「しかし、能くもこれだけの量を狩ったもんだ。さすが『蛇狩りネモ』って言われるだけの事ぁあるな」
「……『蛇狩り』?」
前世でちょっとした興味からマムシの肉を買ったところ、その現場をクラスのやつに見られて、「蛇喰い魔人」なんて渾名を付けられたんだ。夜な夜なヘビの生き血を啜ってるなんて噂まで立てられて……。地味にトラウマになってたんだが……今生でもそうなのか……
「あぁ? あの量を見せられちゃ無理もあんめぇ?」
……地味に反論しづらい根拠だな。
複雑な思いに囚われていると、職人さんたちのリーダーっぽい人がやって来た。俺が出した皮は何れも問題無い……と言うか、望んでいた以上のものなので、全て引き取りたいとの事だった。値段交渉の方は俺には判らなかったんだが、それはギルマスが引き受けてくれた。……あぁ、このために態々来てくれたのか。見かけによらず好い人だな、ギルマス。……俺が見かけの事を言ったら、罰が当たりそうな気もするが。
俺が出した条件も全て呑んでもらえた。寧ろ、蛇の種類については皮革ギルド側から注文を出したいので、講習を受けてもらえると助かるとも言っていた。俺としては願ってもない条件だ。
ただなぁ……蛇の方は、基本的に俺を襲って来るやつを狩ってるだけだから、向こうの希望に沿ったものが狩れるかどうかは判んないんだよな。ま、努力だけはしてみるか。何しろ、良い金額になったからな。
……俺、蛇専門の狩人としてもやってけるんじゃないだろうか。