第十三章 初めての採集依頼 2.薬草と毒蛇
~Side マーディン教授~
「これがニズ草だよ。ここのように日当たりの好い林内に生える薬草でね、茎や葉を陰干しにしたものを、健胃や下痢止めの目的で煎用する。また、切り傷や虫刺され・かぶれなどには、煎液を冷まして外用する事もある」
ネモ君に同行してもらって胃腸薬の原料となる薬草を採っているわけだが……相変わらず物音というものをほとんど立てずに歩くな、ネモ君は。聞けば猟師の狩りに同行していて憶えた技術だと言うが……一度襲って来たオッドマスを簡単に斃していたのも猟師譲りなのか? 普通の猟師は、魔獣の口の中に【着火】を放つなんて真似はせんと思うんだが……ギルドが太鼓判を押すのも頷ける。
ネモ君はまだ学生だし護衛がいた方が良いかと思って、一応冒険者ギルドに問い合わせたのだが……ネモ君を護衛できるような手練れなどいないとあっさり断られた。……まぁ……ディオニクスを瞬殺するような子だしな。
「初めて見ました。うちの実家の方じゃ生えてなかったもので」
「ネモ君の実家は湖沼地帯だったか。代わりに何を使っていたんだね?」
「大抵はオーバックでしたね。効き目は少し低いんですけど、手軽に採れるもので。あとは……偶にカロを使っていました」
なるほど。オーバックなら道端にでも生えているし、手軽に得られる割には使い勝手の良い薬草だからな。この後の授業でも扱う予定だし、ネモ君に任せておけば安心か。
せっせとニズ草の採集に精を出していたら、突然ネモ君がこちらを制して、抜き放ったナイフを投げ付けた。
一体何が起きたのかと、ナイフが刺さっている箇所に目を遣ると……
「良いものが獲れましたよ」
ネモ君が嬉しげに取り上げたのは蛇……いや、正確に言えば毒蛇タイプの魔獣だった。調薬の素材でもあるから知ってはいたが、まさかこんな場所に出て来るとは……優秀な素材ではあるんだが、その毒は極めて危険なので、採集される事は少ない。討伐される事はあっても、そういった屍体は押し並べて状態が悪く、使える素材は得られないからな。
ぼんやりとそんな事を考えて見ていたら、ネモ君は徐に蛇の頭を落とすと……皮を一気に引き剥いだ。
「ネ……ネモ君……それをどうするつもりだね?」
ネモ君は【収納】持ちだし、仕舞い込んでおいて後でギルドに売却するのかと思っていたら、いきなり良い手際で皮を剥ぎにかかったものだから、つい口を出してしまった。
……蛇というものは、頭を落とされ生皮を剥かれても動くもんなのだな……こう……ビチビチという感じに……
「え? 手早く下拵えだけして仕舞っておこうと思ったんですけど……?」
……私の知る限り、デスマスクパファダーの素材を取り出すのに〝下拵え〟などは不要だったと思うが……
……そんな事を考えていられたのも一瞬だった。
ネモ君が無造作に内臓を引き抜こうとしているのを見て、思わず悲鳴を上げて彼を止めた。……あぁ、止めたとも。素材買い取りの時点で金貨一枚以上が動くようなものを、あぁも無造作に扱われて堪るものか。
「……? どうかなさったんですか?」
キョトンとした顔が無性に腹立たしい。なのでその価値を、噛んで含めるように説明してやったら、ネモ君の顔色が劇的に悪くなった。
……その理由を聞いた時の私の顔色も、同じくらいかそれ以上に悪くなっていたと思う。
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~Side ネモ~
薬草採集の途中で美味そうな蛇を見つけたので、いつものようにナイフを投げて仕留めた。血の臭みが廻る前に皮を剥いで内臓を取り分けようとしたら、マーディン先生がけたたましい悲鳴を上げたので驚いて振り向いた。何か出たのかと思ったが、先生の悲鳴の理由は蛇の方にあったらしい。
……俺は知らなかったが、この蛇公は調薬やら何やらの素材になるそうだ。内臓は魔素が豊富で、きちんと処理すればどう安く見積もっても金貨一枚を下る事は無い――と、聞かされて俺は肝を潰した。内臓って……実家じゃ肉と一緒に炒めて食ってたからな。食べると精が付くといって、家族にも好評だった。ちょっとした風邪なんかすぐ治ったしな。
そう言ったら……先生……膝から崩れ落ちてたよ……
……何しろ前世の記憶が戻る前から食ってたし、食材としか見てなかったからな。その思い込みが強過ぎて、鑑定しようなんて気は起こらなかった。……そうか……魔素がそんなに含まれてるのか……
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毒は何かに使えるんじゃないかと思って、最近の幾つかは頭もろとも取ってあった。先生に訊いたら、毒腺の他に毒牙と眼も何かの素材になるとかで……先生の要望で薬師ギルドと魔導ギルドに売ったら……金貨五枚半になりました……Oh……
……今までの金策の苦労って、一体……