第十二章 ネモの金策論議 2.ベリージャム顛末記
~Side ドルシラ~
今にして考えると、ネモさんの金策について考えていました時に、マヴェル様がおっしゃった一言が引き金だったでしょうか。
「……いや、ネモは【調理】スキルを持っていただろう? あれこそ金策に活かすべきではないのか?」
確かに……そう言われればそうでした。これは名案ではないかと思ったのですが……
「いや、調理ってやつは片手間にやるわけにはいかんからな。材料の仕入れや下拵えなんて事まで考えると、下手をすると一日中拘束される事になる。本職ならともかく、学生の身でそれは無理だろう」
それもそうかと納得していた時でした。――エルメインさんとジュリアン殿下が、相次いであの台詞を口になさったのは。
「一日中拘束? ……ジャムは?」
「あ、そうだよネモ君。ジャムは割と簡単に作ってたじゃないか」
あ、いけない。そう思った私は咄嗟に目を逸らしたのですけれど……
「……ジャムって、何だ?」
訝るようなカルベインさんの声を皮切りに、こちらを振り返ったお嬢様方が私に迫って来ます。
「……ドルシラ様?」
「ジャム――って、どういう事ですかしら?」
私は惚け切ろうとしたのですけれど、事情が解っていない様子のエルメインさんが洗い浚い吐いて……喋っておしまいになりました。それを聞いたお嬢様方と男子生徒が騒ぎ立てていましたが――筋違いです。材料のお砂糖を提供したのは私、ジャムを作ったのはネモさん、ミルトンベリーを採ったのは私たちネモ班なのですから、ジャムも私たちで戴くのが当然なのです。
なので私は毅然として譲渡要求を拒みましたし、ネモさんに集ろうとするような命知らずはいませんでした。ちらりと横目で確認しましたら、エルメインさんは相変わらず不思議そうにしていましたし、ネモさんは肩を竦めていました。ジュリアン殿下とマヴェル様は失言を悟られて顔色を悪くなさっていましたし、アスラン殿……アスラン様は頭痛を堪えるように目頭を押さえておいででした。
やがて、失言の責任をお感じになったジュリアン殿下と、事情が解らないなりに何か失策をしたらしいと気付いたエルメインさんのお二人が、ご自分のジャムを提供しようとなさったんですけど……マヴェル様が溜息を吐いてそれを押し止め、ご自分のジャムを提供しておいででした。試食と称する掠奪によって、半分以上が空になっていましたけれど。……マヴェル様は少し哀しそうでした。
「ネモ! これなら売れるんじゃないか? てか、俺が買いたい!」
カルベインさんがそう言い出して、他の生徒もそれに同調したのですけど、ネモさんの答は素っ気無いものでした。
「無理だな。材料費が高くつき過ぎる上に、作り方自体は単純だ。利益率が悪い上に、早々に真似する者が出てくるだろう。と言うか、自宅で作るか作らせた方が手っ取り早いだろうが」
ネモさんが作っているのを見れば、確かに自分たちでも作れそうな気がしましたし、実際にも作れるのでしょう。……材料費に糸目を付けなければ。
……えぇ、材料とその値段を訊かれたのでお答えしましたけど、皆さん引き攣っておいででしたわね。
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~Side ネモ~
いやぁ……甘味に対する女性陣の執着ってのは、世界を越えても変わらんな。普段はお嬢を崇め奉っているお嬢様方が、笑顔のままにお嬢を包囲して追い詰める様子なんかは、ありゃちょっとしたホラー映画だったな。前世の妹が時々あんな顔をしていたが……。お嬢は懸命に空惚けようとしていたみたいだが……目の逸らし方が態とらし過ぎて無理だと思うぞ。
結局は数の暴力に逆らえず、コンラートのやつが自分の分を提供する形で騒ぎを収めた。まぁ最初の取っ掛かりを作ったのはあいつだし、失言をかましたのはあいつの主人であるジュリアンだしな。隣国の貴族の従者って事になってるエルに、責任を取らせるのも拙いと考えたんだろう。体良く貧乏籤を引いたわけだが……さすがに不憫だ。後で少し俺の分を分けてやるか。
――とまぁ、幾分コメディめいた風味はあったが、一応クラスの連中は俺の金策の事を考えてくれたわけだからな。面白半分なのかもしれんが、ここは礼を言っておこう。そうしたら……
「水臭い事を言うなよネモ、クラスメイトだろ」
「そうそう、ネモは今や我がAクラスの誇りなんだからな」
嬉しい事を言ってくれるが、誇りは大袈裟……いやちょっと待て、それってまさか、俺の事を触れ廻ってるって事か? 面倒に巻き込まれるのは御免だから、目立つような真似は願い下げなんだが……
「エキシヴィジョンマッチとは言え武闘会であれだけ目立っておいて、それは今更だろう。下手に隠そうなどとすれば、却って不審を買う可能性もあるぞ?」
……コンラートの言うような可能性も確かにあるか。はぁ……厄介な立場になったもんだ。




