第十二章 ネモの金策論議 1.金蔓よいずこ
~Side ネモ~
五、六時限目にある魔法実技の教科書を開いていると、KY男子のエリック・カルベインのやつが感心したような口調で話しかけてきた。
「ネモは意外と真面目に勉強してるよな」
……おぃ、何が言いたいんだ?
「い、いや、悪い意味じゃなくって……ネモくらい凄い魔法が使えるんなら、今更初級魔法の勉強なんかしなくてもいいんじゃなかって……」
アホか、こいつ――と思っていたら、意外にもお嬢やジュリアン、果てはコンラートのやつまでがそれに同意した。
「そうですわね。ネモさんほど魔力があるのなら、今更初級魔法を練習する意味があるのかどうか……」
「だね。ネモ君の……自称【生活魔法】なら、大抵の魔獣は鎧袖一触だろう?」
「一呼吸で魔獣を焼き殺すくらいですからねぇ……」
――こいつら、何もわかっちゃいないな。
「『自称』って枕詞が気になるが……【着火】の事を言ってるんなら、あれは狩りには使えん……と言うか、使う意味が無いぞ?」
そう言ってやったら揃って怪訝そうな顔をした。これだからセレブってやつは……
「【着火】で焼き殺したら、碌な素材が採れんだろうが」
「「「「「「……あぁ!」」」」」」
【着火】だと、下手すりゃ表皮より深い部分までが燃えちまうからな。自分たちで食用にするんならまだしも、依頼された素材を採るのには向いてない。狩りに使おうとするんなら、普通の魔法の方が使い勝手が良いんだよ。こないだのディオニクスだって、焼け焦げて酷い状態だったしな。
まぁ、【施錠】で金縛りにする手もあったんだが、あれって【着火】よりも発動に時間がかかるんだよな。動きを停めるだけだから、留めは別途でやらなきゃならんし……心臓の動きを停められたらいいんだが、内部構造をしっかり把握してないと難しいみたいだしなぁ……
「こちとら僻地の寒村出身者だからな。お前らみたいな貴族と一緒にしてくれるなよ? 在学中の学費と宿代、食い扶持までは面倒見てもらえるが、それ以外の費用は自分持ちなんだぞ。小遣いぐらいは自分で稼がにゃならんだろうが。そのために〝使える〟魔法の習得は、俺にとっちゃ生命線なんだよ」
ま、パートとは言え冒険者ギルドの受付をさせてもらってるけどな。勤務時間の割にはそこそこの実入りがあるし、こないだのディオニクスも悪くない値段で引き取ってもらえた。使える部分は碌に無かった筈なのに、ありがたい話だ。
ただ……俺の啖呵を聞いて決まり悪げに俯いたやつらがいるのはどういう事だ? 別にお前らの責任じゃないだろうが。ちったぁ前世日本の悪ガキどもの図太さを見倣ってほしいもんだぜ。
「……勘違いするなよ? お前らが持ってる『家柄』とか『財産』とかってカードを俺は持っちゃいねぇが、代わりに別のカードを持ってるってだけだからな。ただ。俺の手持ちのカードは目先の金策に向いてないから、そこをどうするか考え込んでるというわけだ」
そう言ってやると、救われたような顔をしやがった。……こいつら、こんなに線が細くて大丈夫なのか?
「つまり……ネモとしては何か金策の手段が欲しい、そういう事なのか?」
微妙な空気を振り払うように、エリックのやつが俺に問いかけた。KYのくせに空気を読んだ真似をするじゃないか。褒めてやろう。
「あぁ。夏の休暇には郷里に帰るつもりだからな。そのための路銀とかも必要になる」
「けど……ネモなら卒業後には引く手数多だろ?」
「……おぃカルベイン、俺の話を聞いてなかったのか? 卒業してからじゃなくて、在学中の金策が問題なんだって言ってんだろうが」
「いや……だからさ、どこかに前借りするとか……」
「アホか。たかだか入学直後の一年生が、どこに前借りできるってんだ」
「しゅ、就職先とか……」
「お前な……就業年齢にすら達していない小僧っ子に、金を出すような酔狂人がいると思ってんのか? 俺は一応ユニークスキル持ちの候補って事にゃなってるけどな、実際にユニークスキルが発現するかどうかは判らんのだぞ」
ユニークスキルは実はもう発現してるが、それを明かす気はさらさら無い。大体、下手なところから前借りしたら、そこに囲い込まれるだけだろうが。面倒事に巻き込まれないためにも、俺は自由でいたいんだよ。
(「いや……ネモなら就職先なんて選り取り見取りだろ?」)
(「ユニークスキルなんて無くても大丈夫よね」)
(「武術の腕だけでも就職できそうだよね……今すぐにでも」)
(「いや……逆に言えば、焦る必要が無いとも言える」)
(「十二歳にして売り手市場……羨ましい……」)
……後ろで何か話してるようだが……どうせ俺には関係無い事だろう。
「いや……ネモ君は魔法とか無しでもあれだけの腕利きだろう? 護衛とかの仕事を受けられるんじゃないのか?」
「いや、おれは冒険者とは言っても所詮は見習いだからな。護衛とか討伐とかの依頼は受けられんのだ」
「ネモ君が見習いねぇ……」
「飛び級制度とかはありませんの?」
「無茶言うなよお嬢。見習い制度自体が一種の特例措置なんだぞ?」
狩りに役立つ魔法はまだ習い始めたばかり。どのみち十五歳の本登録、少なくとも来年の仮登録までは、討伐も護衛も受けさせちゃもらえないだろう。なら、その間はどうやって小遣いを稼ぐかって話になる。どうしたもんかと悩んでいたんだが……
「順当な考えとしては、授業で習う調薬とか魔道具作製を活かすべきではありません?」
「……おぃお嬢、薬学も調薬基礎も、授業はまだそこまで進んでないだろうが。魔道具作製に至っては、やってるのは裁縫と刺繍だぞ?」
「あら、希望する生徒には、放課後に補習をして下さると伺いましたわよ? それに、生徒の手になる刺繍はちょくちょく出廻っていますわよ?」
……マジか?
「……しかし……今から調薬の補習をお願いしても、売り物にできるレベルの薬ができるのは、ずっと先だろう。……とは言え、早めに憶えておくに越した事は無いか……。刺繍の方は、既に流通ルートが確立してるんじゃないのか? 俺が勝手に割り込んでそれを掻き乱すわけにはいかんだろう。それ以前に、売り物になる刺繍なんて作れる自信は無いぞ?」
「あら? ネモさんは意外に器用だと見ていましたけど?」
「……技術はともかくセンスがな。……図案とかデザインとか……」
「あぁ……そちらの……」
俺が言うと、お嬢は何となく納得したような表情を浮かべた。器用値が高いから刺繍の技術は何とかなるんだが、デザイン方面の才能はほとんど無いんだよな。
他に手近な金策の手段は無いかと考えていたところで、コンラートのやつが口を挟んできた。