第十一章 骨と皮 1.試食
~Side ネモ~
学食の洋風料理は美味いんだが、こう毎日続くとそろそろ飽きが来る。
というわけで、本日の昼食は俺特製の弁当だ。故郷から持ち込んだ取って置きの米を鍋で炊いて、これも故郷から持ち込んだ塩鮭――正確には鮭じゃないが、まぁ似たようなもんだ――と漬け物。由緒正しき和風弁当というやつだ。厳密に言えば「和食」にはならんのだが、和風だから問題無し。……こっちの世界にも日本と同じような国があるのかないのか、早いうちに確かめた方が良いな。ラノベなんかじゃあるって展開が定番なんだが……創作と現実は違うって事を、最近は事ある毎に実感させられるからなぁ……
……待てよ……「運命の騎士たち」では、そこんとこどうなってたんだ? フレーバーテキストで触れられている程度だったら、俺には判らんぞ?
今にして思えば、そんな益体も無い事で頭を悩ませる暇があったら、さっさと弁当を食っちまえば良かったんだ。そうすりゃあんな事にはならなかったのに……
「あら、ネモさんじゃございません? 今日はネモさんもお弁当ですの?」
誰も来ないだろうと思って寛いでいた裏庭の四阿。そこに姿を現したのは、あろう事かドルシラのお嬢だった。いつも取り巻きを引き連れているお嬢が、何で独りでこんなところに出てくるんだよ。
「いえ、今日はBクラスのお友だちとこちらでランチにしようと思っていたのですけれど、先程クラスに伺ったら、体調が悪くてお休みとの事でしたので……」
あー……そう言えばいたな、そういうキャラ。お嬢の幼馴染みで……確かどこかの貴族令嬢。身体が弱くて休みがちなもんで、クラスもBクラスになったんだっけ。
「で、こんなところでボッチ飯って事になったわけか」
「随分なおっしゃりようですのね。他の方々はお弁当を用意していらっしゃらないので、仕方ありませんわ。それより……」
そう言ってお嬢は俺の弁当箱を覗き込む。おぃお嬢、そういうのって、はしたない行為ってやつじゃないのか?
「今更ネモさん相手に礼儀だの何だのを説いても始まりませんもの。それより……ネモさん、幾ら何でもそのメニューは……」
客観的に見れば、お嬢が口籠もるのも無理もないかもな。俺としては会心の作なんだが。
メニューは塩鮭、炙った塩鮭の皮、鮭の骨を程好く焼いたもの、そして留めに氷頭膾……うん、傍から見たら心配になるかもな。俺的には好物ばかり詰め込んだ贅沢弁当なんだが。
「妙な気を回す必要は無いからな、お嬢。別に金に困ってるわけじゃねぇ。これは俺が故郷にいた頃食べていた、歴とした料理だ。素材を余さず利用している、誇るべき料理だからな」
そう力説したんだが、お嬢の目から疑り深そうな色が消えない。仕方がないので試食させてやる事にした。
「――何ですの!? これは!」
カリカリに炙った鮭の皮――ちなみに【収納】しておいたので焼きたてと同じ――を一口食べたお嬢は、見事なまでにあっさりと転んだ。鮭の身は勿論、骨焼きや氷頭膾まで食い荒らしてくれたよ……
「魚の皮や骨がここまで美味しいものだとは存じませんでしたわ」
「魚の皮なら何でもいいってわけじゃないからな? そこは間違えるなよ」
「そうなんですの? ……それに、この穀物。何の味付けもしていませんのに、噛めば噛むほど甘味が出てきて……一体、何ですの? これ」
あたぁ……米に食い付いたか。
前世のジャポニカ種に似てモチモチしたタイプだから、こっちの人間の口には合わないんじゃないかと思ってたんだが……実際、ゼハン祖父ちゃんも微妙な顔をしてたしな。ま、俺の家族は雑穀の団子より美味いって喜んでたんだが。
しかし……しまったな。栽培化もまだ終わってない段階なのに、下手に騒がれたら色々拙い。……そうだな、野生の雑穀を細々と採集して食べているのだから、譲るほどの量は無い。この雑穀の事が他人に知られて横取りされると、家族が食うに困る――って言い立てるか。
「……そうなんですの。それでは仕方ありませんわね」
おぉ、思った以上に聞き分けがいいな。
「……でも、時々なら食べさせて戴けませんこと? 勿論、然るべき対価はお渡ししますわ」
……前言撤回。自分一人だけ食おうと画策しやがった。……しかし、下手に断って騒ぎ立てられたりしたら面倒だ。……はぁ、仕方ねぇ。賄賂と思って諦めるか。
「……偶にならな。ところでお嬢、その〝然るべき対価〟ってやつは、今回も適用されるのか? 俺の昼飯、無くなっちまったんだが」
「あ、あら……申しわけございません」
結局、俺は代わりにお嬢の弁当を貰う事にした。さすがに味は結構なもんだったが……量が絶対的に足りねぇよ。……てかお嬢、俺の弁当、能く全部入ったな。