第十章 校外実習 4.ジャム作り
~Side ドルシラ~
生物と美術の合同野外実習の後で先生にお聞きしたら、申請して許可を貰えれば、お昼休みと放課後に空いている調理室を使う事は可能だとの事でした。
なので私たちは今日――野外実習の翌日――始業前の調理室に集まっています。ネモさんの指示に従ってミルトンベリーのジャムを作るため、正確に言えばその下拵えをするためです。
〝折角ジャムを作るんだから、発色と見栄えを良くするためにも、純度の高い白砂糖を用意しろ〟――とネモさんはおっしゃいましたけど、白砂糖のお値段をご存じなのですかしら。私だけでなく、ジュリアン殿下もアスラン殿下……いえ、アスラン様も呆れておいででしたが。どれくらいの量が必要なのかと思って、思い切って訊いてみたのですけれど……
〝最低でも果実の重さの半分。ミルトンベリーは少し酸味が強いから、七割ぐらいは必要だな〟――という答を聞いて思わず見返してしまいました。一体どれだけの白砂糖を用意しろとおっしゃるのでしょうか、ネモさんは。
ネモさんのおっしゃるには、砂糖をケチると、味はともかく長保ちしないとの事で、保存食として考えた場合は充分な砂糖を使うべきだとおっしゃっていました。……売っているジャムが高いのも納得できますわね。
あまりに高く付きそうなので、マヴェル様が黒砂糖ではいけないのかとお訊きになっていましたが、出来上がりの色合いが好くないだけでなく、黒砂糖には少し雑味があるそうです。……どうしてそんな事を知っているのでしょうか。まるで食べ較べた事があるような口ぶりでしたけれど。
誰かに聞いたか、本で読んだか……けれど、実際に味を知っていると言われた方が納得できそうな気がするのは、私だけではないと思います。
〝砂糖がそこまで高価とは知らなかった。うちの田舎には売っていなかったから〟――そうネモさんは弁解していらっしゃいましたけど、売ってないものをなぜご存じなのか――とは、もう誰も突っ込みませんでした。どうせ誰かから聞いたとか何とか、惚けるに決まっていますもの。
……ともかく、そういう経緯で私たちはジャムを作る事になったのですけれど……
「とりあえずベリーを出してくぞ。【収納】に仕舞っておいたから、虫やなんかは死んでる筈だ。一応チェックしてから洗い流せ」
無造作に【収納】からミルトンベリーを出していきます。【収納】って結構なレアスキルだと聞いていますけど……ネモさんは便利な鞄くらいにしか思っていないようですわね。
取り出されたミルトンベリーは……随分ありますわね。そんなに採ったつもりはありませんでしたけど……お砂糖、足りますかしら……
「ま、砂糖が足りないようなら、その分はまた暫く【収納】しとくから気にすんな。何ならそのまま食べるのもありだしな」
……確かに……昨日幾つか食べてみましたが、あれならそのまま食べてもいいかもしれません。野趣溢れる味わいで、中々に美味でしたわ。
ネモさんの指示どおり、お砂糖の分量に見合うだけを水洗いして、ゴミや汚れなどを取り除いていきます。……時々小枝っぽいものが出てきますけど、あれは小枝なのです。……ふにゃっと嫌な感じに軟らかくても小枝に決まっています。断じて虫なんかではありません。えぇ、そうですとも。
私たちがベリーの下準備をしている間、ネモさんは鍋を見繕っておいででした。適当な大きさの鍋を適当に選んで使えばいいのではと思っていましたけど、酸味のあるものを調理する時は、金属製の鍋は食材の酸で腐蝕する事があるので駄目なのだそうです。勿論、混ぜるのも木の匙でなくてはいけません。
「――てか、冶金学とか錬金術基礎でも出てきたろ? 酸の話」
……そうでした。道具や素材の取り扱いのところで、酸味の強い果汁などに触れさせると道具が駄目になると習いました。
「自分のものなら自己責任で済むが、学園の備品を駄目にしちゃ拙いだろうし、第一味わいに影響……お、これならいいか」
「……ネモ、それは焼き物なのか?」
「一見そう見えるけどな、こいつは琺瑯……金属の表面にガラス質の釉薬を高温で焼き付けたもんだ。中身は金属だから熱伝導性が高く、表面はガラス質だから酸にも強い。……エナメルって言ったら解るか?」
「……そういうものがあるんだね……」
「……そう言えば、聞いた事があるような気も……」
「技法としてはかなり古くからあった筈だぞ? 俺も詳しくは知らんが」
……私も存じませんでした。
ネモさんはエナメルの鍋にベリーを移すと、その上から白砂糖を遠慮無く振りかけます……見ているこっちが怖くなる勢いで。
そのまま暫く見ていると、何もしないのにベリーから汁が滲み出してきました。私も皆さんも驚いてしまいましたが、ネモさんによれば野菜を塩漬けする時にも同じような事が起きるそうです。最低でも二~三時間ほどはこのまま置いておく必要があるとおっしゃるので、蓋代わりに清潔な布を被せて調理室を後にしました。ネモさんは念のためとおっしゃって、布とお鍋に【施錠】をかけておいででしたけど……【生活魔法】の【施錠】は、普通そういう事には使わないと思います。
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四時限目終了後、調理室に戻って来てベリーの状態を確かめたネモさんは、その鍋を弱めの火にかけて二十分ほど静かに加熱しました。あまり長く煮詰めていると、折角の風味が飛んでしまうのだそうです。スプーンで掬ったジャムがポタポタと滴り落ちるのを確認して、
「よし、こんなもんだろう」
ネモさんが自称【生活魔法】の【浄化】をかけた人数分の容器にジャムを入れ、しっかりと蓋をしていきます。余った分はその場で戴きましたけど……大層な美味でしたわ。
……ですけれどネモさん、貴方、どこでこういう手順を知ったんですの?