第十章 校外実習 3.ネモの食用野草講座
~Side ネモ~
ミルトンベリーは蔓性のノイチゴといった感じで、六~七月に甘酸っぱい実を着ける。【眼力】の鑑定結果ではジャムにすると絶品らしいが、俺の田舎では砂糖は手に入りにくかったので、専らそのまま食べていた。
ハイラは前世の野蒜に似た宿根性の野草で、保健・強壮・食欲増進などに効果がある。俺は薬草としてより食材として利用していたが、今回の実習では薬草として扱われているようなので、これをスケッチしておこう。葉と茎のスケッチは楽なんだが、花は少し面倒だな。ま、精密な写生は次回って事だから、今回は生えてる様子をざっと描いておけばいいか。
手早くハイラのスケッチを終えると、標本用にそれを採集しておく。見ればあちこちに生えているので、食材として回収しておきたいが……他の生徒も必要だろうし、今回は見送るか。けど……ミルトンベリーは観察対象に指定されていないし、ちょっとくらい採っても構わないよな?
ベリーの採集がてら他の薬草をスケッチ……違う……薬草のスケッチがてらベリーを採集していると、観察ノルマを終えたやつらが話しかけてきた。
「さっきから随分熱心に採ってるけど……それは?」
「赤くて綺麗な実ですわね」
「食べられるのか?」
おぃおぃ、やんごとなき方々はミルトンベリーも知らないってのか?
「ミルトンベリー?」
「ベリーというのは、確か食べられるんじゃなかったか?」
「いや……けど……キャスベリーとはまた違うような……」
あぁ……そうか……
「エルもリンドロームも間違っちゃいない。〝ベリー〟というのは汁気の多い食べられる果実の事だ。キャスベリーも同じように食べられるが、生物学的には全然別の種類だな」
前世の分類で言うと、ミルトンベリーはバラ科……所謂ノイチゴの仲間だが、キャスベリーはブルーベリーと同じようなツツジ科だろう。そりゃ、見かけが全然違うんだから混乱するよな。
「へぇ……」
「ネモは詳しいんだな」
「食べられたり食べられなかったりするやつに関してはな」
「……それは……要するに全部って事じゃないのか?」
「……悪い。言い直す。食材・薬草・毒草の見分けくらいならできる」
「ふぅん……少し教えてくれないか?」
「お? エルはそっち方面に関心があるのか?」
「あぁ。従者としては必要な知識だと思うが、こっちの国の食材とか薬草を憶える機会が中々無くってな」
「なるほどな」
付近に生えている山菜や薬草について簡単にエルに教えていると、堪えきれなくなった様子でお嬢が口を挟んできた。
「エルメインさん、ネモさん、お話し中のところすみませんけど、このミルトンベリーというのはどうやって食べるのですかしら?」
……お嬢……食べるものには興味津々だな。
「い、いえ、綺麗な実なので……その……」
「まぁいいさ。こいつはこのままでも食べられるが、少し酸っぱく感じるかもしれんな。それと、時々虫が入っているから気を付けろ。ま、苦いだけで毒は無いけどな」
「毒が無い虫なら、そのまま食べても構わないのか?」
「問題無い」
「ありますわよ!」
「……まぁ、嫌なら食べる前に内側まで能く確かめるんだな。それと、こいつはこのまま食べても美味いが、ジャムにすると絶品になるそうだ」
「「「「「ジャム!?」」」」」
おぉ……綺麗に声がハモったな……
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~Side コンラート~
ネモに班長という役目を押し付けて最初の授業。お手並み拝見と言ったところだが、さすがに野外作業には慣れているようで、手際良く実習を仕切ってくれた。残念ながら私では、ここまで上手くは采配できなかったろう。
ネモの指示に従って幾つかの薬草のスケッチと採集を終える。スケッチは各自で提出するが、標本にするのは班に一つでいいそうだから大分楽だ。言われた分の観察を熟してふと見ると、ネモが何やら赤い実を集めていた。聞けばミルトンベリーという木の実で、ジャムにすると美味なのだそうだ。
レンフォール嬢の目が光ったように見えたが……私や殿下もジャムは嫌いな方じゃない。自分たちで手作りのジャムというのも一興だろうと思って、ネモに作り方の伝授を乞う。……まさか、白砂糖をベリーと等量用意しろなどと言われるとは思わなかったが……それを受けて立ったレンフォール嬢も凄いと思う。
一区切り付いたところで、丁度昼食になった。今日は外での食事という事で、全員が弁当を持参している。クラスの全員が贅を凝らした弁当を広げ見せ合う中、我らが班長殿はどうかと見てみれば……
「パンと……タレに漬けた肉?」
「ネモ君の昼食はそれだけなのかい?」
「これだけだが、これだけじゃない」
「「「「「???」」」」」
判じもののような答を返されて首を傾げていると、ネモはやおら石の一つを【浄化】で綺麗にすると、火魔法でその石を加熱し始めた。
何をするのかと見ていたら……ネモのやつ、充分に熱せられたその石の上に肉を載せて……肉の焼ける音と美味そうな匂いを撒き散らしながら、悠然と焼き肉を食べ始めた。
……さすがに【調理】スキル持ちだけの事はある。
……自分の弁当が急に侘びしいもののように思えてきた。
他の者たちも同感だったと見えて、皆急に静かになって、モソモソと弁当を食べていた。
……少しは空気というものを読んでほしいと思ったのは、一人私だけではないと思う。