第九章 試験勉強 5.ボロと自戒
~Side ネモ~
この勉強会、確かに試験対策にはいいんだが……ボロが出易くなっているような気がする。
歴史のお復習いをやってる時につい口を滑らせて、火山噴火――こっちじゃ火の神の怒りって事になってるらしいな。大地の神じゃなくって――が冷害と凶作、それによる世情不安をもたらすって言ったところ……主役組の食い付きが凄かった。さすが為政者側にいるだけの事はあるわ。
ま、これはそこまで怪しまれなかっただろうが、円周率の件では失敗したな。円周率を憶えてるかと訊かれたもんだから、うっかり小数点以下三十桁まで答えちまったんだよな。
三.一四一五九二六五三五八九七九三二三八四六二六四三三八三二七九……
〝産医師異国に向う 産後厄無く産婦御社に 虫散々闇に鳴く〟
ここで〝産医師〟を〝三医師〟に読み替えると、キリスト誕生の時に東方の三博士が訪れたって話にこじつけられると教わったから、何となく憶えてるんだよな。
けど、こっちじゃ円周率三十桁なんて明らかにおかしかったらしく、散々追及されたよ。あれは失敗だった。
前世日本では常識とされていた程度の知識でも、こっちの世界じゃ未知未検証のものが幾つもある。なので、そこでボロを出さないように授業は身を入れて聴いているんだが……今回みたいに、何かの拍子にポロッと口を衝いて出る事がある。注意しないといけないな。
……図書室にでも行って、この世界の科学知識の年表みたいなのが無いかどうか探してみるか。試験勉強だと言えば、司書の先生は誤魔化せるだろうが……問題は、こいつらを撒けるかどうかなんだよな。
……場合によっては試験前じゃなくて、試験が終わって勉強会がお開きになってから、こっそり調べに行くとするか。
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~Side コンラート~
先日の代数の一件があったからネモの言動には注意していたんだが……まさか、円周率を小数点以下三十桁まで諳んじてみせるとは思わなかった。私は勿論知らなかったし、ここ学園の教授でもそこまで諳んじているかどうかは疑わしい。ネモは何の気無しに口を滑らせたようだったが……少なくともこの国では、普通に知られた知識ではない。そう言ってネモを問い詰めたら、どこかで誰かから聞いたのを憶えているだけだと返された。
確かに円周率など、糸と定規があれば実測し計算するのは難しくない。誰かがそれを計算し、何かの折りに口にしたという事もあるだろう。だが、ネモはなぜそんな数字を憶えたというのか。
そう聞いてみたら……
〝何の役にも立たん無駄知識なのに、頭の隅にこびりついて離れない――って事は無いか?〟
――と、返された。
確かに……そういう事はある。斯く言う私にしてからが、どこかの南国にいるという虫の、長ったらしい名前を忘れる事ができないのだから。
なので、そう言われればそれ以上問い詰める事はできないのだが……
やはり一番の不可解事は、ネモがそう言う知識をさらけ出すのに無頓着過ぎるという事だろう。それが全てを不可解にしている。腹に一物ある者なら、その腹の中を見せて廻ったりはしないものだ。
そう考えると……ネモは自分が「わけあり」だという事に気付いていないという結論が導き出されるのだが……どういう事なんだろうか。