第九章 試験勉強 1.勉強会のお誘い
~Side ネモ~
五月祭が終わってから三日後、こちらでは初めての中間試験の日程が公表された。試験は三日間で、試験科目は国語・古典・代数・生物・薬学・地理・歴史・宗教・倫理・魔術史・地理・美術・礼法の十三科目。多いな!
……と思ったが、考えてみれば授業は週一回の科目が大半。なので授業科目の数自体が、前世と較べて非常に多い。学生の出自と教育程度がバラバラなので、一年時は基礎科目を広く浅く教え、生徒の理解内容を揃える事に注力しているためなんだと。その結果試験科目の数も増えるわけだが、そこは中間と期末に振り分けて対応しているらしい。三学期の学年末のみが例外で、中間試験が無い代わりに、一年間の総決算として全科目の試験が実施される。ある意味これが本番らしい。
それを考えれば十三科目も多いとは言えないか。ちなみに美術の試験は実技ではなく美術史。礼法の試験は実演で、地理は自分の出身地についての口頭試問との事。礼法はともかく、地理の試問は楽勝過ぎるだろうと思っていたら……
「それがそうでもなくてね……」
何でも、普段から王都に住んでいる貴族の子弟が、意外に自分の領地の事を知らないそうだ。社会へ出て恥をかく前に矯正して欲しいと親の側からの懇願があって、初回の試験はこれに決まっているという。
自分の出身地――のところでアスランをチラ見してしまった。気付かれてはいないと思うが、アスランのやつ、どうするつもりだ? ゲームじゃこんな話は出なかった筈だが……ま、自分で何とかするだろう。何も俺が頭を悩ます必要は無い。
ちなみに、魔術師が引く手数多なこの国では、成績不振者も退学になどならない――いや、させてもらえない。長期休暇無しで缶詰特訓が待っているそうだ。俺はそんな目には遭いたくない。断じて。
というわけで、そろそろ試験勉強を始めようとしたんだが……
「勉強会?」
「あぁ。こう言っては何だが、ネモは特進者だから試験というものに不慣れだろう? クラスメイトの誼で、少しばかりお手伝いさせてもらえればと思ってね」
「ふむ……」
話を持って来たのはコンラート・マヴェルだったが、こいつはジュリアンの従者だから、この話も主であるジュリアンの意向が反映されたものと見ていいだろう。
……そう言えば、俺は平民出身の特例進学生だから学校も試験も初体験――という事になってるんだよな。実際には前世の記憶があるんだが……そんな事をカミングアウトするわけにはいかん。
ま、親切ごかしに言ってきてるが――本音は俺に対する興味からだろう。
……とは言え、目つきや道場対抗戦でちっとばかり目立っちゃいるが、それ以上は特にこれと言った失策はしていない筈だしな。ユニークスキル持ち(候補)の平民が珍しいだけだろう。
ただ……それだけじゃない可能性もあるんだよな……
「俺としちゃありがたい話だが……参加者はいつものメンバーか?」
ちらりと視線を巡らせてそう訊くと、コンラートのやつは少し居心地悪げに頷いた。
「なるほど……勉強会初体験は、俺一人ってわけじゃなさそうだな」
「まぁ、そういう事だ。……察してもらえるとありがたい」
四番目とは言え王子となると、クラスメイトと勉強会なんかする機会はそう無かっただろうしな。アスランだって似たようなものだろう。……ある意味でボッチの集まりみたいなもんか。俺としては身につまされる話だ。
「……解った。素より俺にも利のある話だ。喜んでお願いしよう」
「そうか……助かる」
最後の一言は小声で呟いただけだが……こいつはこいつで気苦労が多そうだな。胃潰瘍とか円形脱毛とか起こさなきゃいいが。
「……何か生温かい目で見てないか?」
「気のせいだ」
考えてみれば……テストの問題なんかゲームでは出てこなかったから、自力で解くしかないんだが、不安要素が無いわけでもないんだよな。例えば、王都では常識とされている事でも、僻地民の俺が知らない可能性はある。
もっと問題なのが前世の知識だ。自然科学系の授業では役に立つが、こっちには魔法なんてものが実在してる上に、時代のギャップってやつがある。うっかりと妙な事を答えて目立つわけにはいかん。今のところはどうにか誤魔化しきれていると思うが――気を抜くとどこでボロを出すか判らんしな。
ここはありがたく頼らせてもらうとしよう。
自分はボロを出していないと誤った確信を抱いているネモですが、武闘会で目立っている自覚が無い理由は、【眼力】による鑑定が関わっています。対戦相手の剛剣アレンを鑑定した結果から、試合にスキルや魔術を使っていない事、言い換えると、アレンは実力の数分の一も出していない事が解っているため、単純な武技だけを競った結果に大した意味は無いと考えているわけです。
実戦で立ち会えば、自分の【眼力】くらいでは手も足も出まいと考えているネモですが……闘神と二百年間睨み合う事で得た【眼力】がどれほどのものか、ネモは全く自覚していません。生前でも単なる目つきだけで相手を怯えさせていた実績――前科――があるため、大したスキルではないと誤認している事も大きいです。