第八章 五月祭 4.初心者向け縁日講座
~Side ネモ~
弟妹たちの土産を何にするかと考えて歩いていたら、偶然にもジュリアンとアスランの混成チームと出会った。王族の一員、および隣国から留学中の貴族という事で、創世祭の神事を参観するよう求められたらしい。「高貴なる者の義務」ってやつだな。
ジュリアンの言うには、今年から魔導学園の一年生という事で、下々の者に交じって縁日を冷やかす事を許されたらしい。……護衛さんたちも一緒だけどな。
で、偶々出会ったのをこれ幸いと弟妹たちの土産について相談してみたんだが……家柄と文化の違いが想像以上に大きい事を実感しただけだった。護衛さんの方がよほどためになるアドバイスをくれたよ。
護衛さんの一人は、大人もしくは俺が使っている品物をダウンサイズもしくはダウングレードしたものを貰うと、大人扱いされているような気がして嬉しいんじゃないかとアドバイスしてくれたし、もう一人は専用の食器はどうかと知恵を授けてくれた。さすが王家直属の護衛さんたち、優秀な人材が揃ってるぜ。
ま、それはいいんだが……問題なのは、ジュリアンたちが今回初めて縁日を冷やかすって事だ。アスランの事情はどうか知らんが、恐らくだがこっちも似たようなもんじゃないのか。
つまり……祭の空気ってやつを読めずに、座が白けるような真似をしでかす可能性があるって事だ。
はぁ……面倒を起こさなきゃいいんだが……
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俺の希望も虚しく、コンラートの馬鹿がやらかしてくれた。……あぁ……いっその事、何も起きませんようにと【願力】でも使っておきゃよかったぜ……
「おぃ店主、幾ら何でもこんなチャチな贋物を『宝剣エズルマイア』だと偽って売るのは、阿漕に過ぎるのではないか」
「いや……贋物っつったってなぁ……」
このKY野郎。「宝剣エズルマイア」っつったら神殿だか王宮だかに保管されてる国宝だ。そんな代物がここにある筈がないってぐらい、それこそ子供でも判るだろうが。この手の玩具は、それこそ俺が子供の頃から出回ってるんだ。言い換えると、王家も神殿もこういう他愛の無い玩具の事はお目零ししてるって事だ。大体、贋物なんてレベルの代物じゃないのは見ただけで判るだろうが。見ろ、店番の親爺さんも困ってるじゃねぇか。
飼い主であるジュリアンの馬鹿までどうしたらいいか判らんみたいだし、護衛さんたちは立場上口を出しかねてるみたいだし……はぁ、しょうがねぇ。ここは俺が場を収めるしかねぇか。
「勘違いもその辺にしとけマヴェル。お前が馬鹿をやらかすと、主人であるフォースの評判にも関わってくるんだぞ。お前、その事、解ってんのか?」
「――な! 馬鹿だと!?」
「馬鹿でなくて何だってんだ? ここは祭の縁日で、お前が難癖つけてんのは子供相手の玩具だぞ? 贋物云々のレベルじゃねぇだろうが。それとも何か? お前んとこの王宮にゃ、これを本物の宝剣と間違えそうなやつでもいるのか?」
「い、いや……そんなわけは……し、しかし、これは幾ら何でも……」
「あのなマヴェル、この手の玩具はずーっと前から出回ってんだ。それだけの間、王家も神殿も何の文句も付けなかった以上、それは王家なり神殿なりが黙認したって事だろうが。お前、自分の一存で王家や神殿の判断と方針を批判するってのか? それがどういう意味を持つのか、解ってんのか?」
そう言ってやるとマヴェルも青くなった。いつものこいつならこんな馬鹿な因縁は付けない筈だ。何だかんだいっても、初めての縁日に舞い上がってたんだろうな。だが、それはそれ、これはこれだ。しっかりとけじめってやつを付けておかんとな。
「お前がやってんのは、子供が読んでる絵本を取り上げて、これは嘘っぱちだ出鱈目だと、怖い顔で言い募るのと同じだからな。子供の夢を泥靴で踏みにじるような真似をして、恥ずかしいとは思わんのか?」
全世界の子供たちと親御さん、店の親爺さんに謝れと叱り付けてやったら、マヴェルのやつ、泣きそうな顔で謝罪していた。主人のフォースと目配せを交わし、後のフォローとメンタルケアを任せておく。何だかんだ言っても、こういう公の場できちんと謝罪できる辺りは見どころがあるからな。俺も一緒になって頭を下げておいたよ。
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~Side アスラン~
ネモ君がかなり手厳しい事を言ってマヴェル君を叱正した後、僕ら――マヴェル君も含む――は気を取り直して縁日を見物した。
ネモ君は相変わらず弟と妹の土産物に頭を悩ませているようだったが、ジュリアン殿下の護衛の者たちの進言を容れて、後日子供用の食器を買う事にしたようだ。どこの店が良いかをマヴェル君に訊ねていた。きっと彼なりのフォローなんだろう。
そうして見て廻っていると、ネモ君が時折鋭い視線を向けるのに気が付いた。
「……あの身のこなしを見ると、どうやら掏摸のようですね」
エルが解説してくれたが、どうも僕たちを好いカモと見て取って、その手の小悪党が寄って来ていたらしい。ネモ君が事前にそれと察して警戒していたようだけど……
「……エル……今へたり込んだのも掏摸なのかい?」
「そのようです。……掏摸がこちら側にいないのは幸いでしたね。……あれだけの威圧なら、巻き添えだけでも洒落にならないかもしれません」
ネモ君の眼光については色々と取り沙汰されているみたいだけど……満更出鱈目でも大袈裟でもなかったらしい。……ていうか、後ろの方から〝あれが『凶眼の断罪者』か……〟っていう呟きが聞こえたんだけど……
「言い得て妙ですね」
……うん、僕もそう思う。