第七十章 相乗り帰省道中記~二日目 サラゴスの町へ~ 2.レンフォール家別邸【地図あり】
~Side ネモ~
途中シィフォン峠とやらでちょいとアレしたが、その後は別に大したアクシデントもイベントも無く、まだ明るいうちにサラゴスの町に着いた。この町は王都の前哨都市であると同時に、交通の要衝でもあるって重要拠点らしい。
学園の受業でも習ったが、首都じゃなくその前哨都市に防衛と流通の機能を集中するってのは、こっちの世界じゃ能くある事なんだそうだ。戦国時代の山城みたいに、攻め込まれる危険とかを考えての事なんだろう。ともあれ、今日はここで一泊する事になるらしい。
[オルラント王国地図]
コラードと違って町の規模が大きいから、宿の予約も恙無く取れた……んだろうと思ってたんだが……馬車が向かった先にあったのは、どう考えても宿屋とは思えない建物だった。
知り合いの貴族の家にでも泊めてもらうのかと首を捻ってたら、
「あら、違いますわよネモさん。ここは当家がサラゴスに所有する別邸なのですわ」
「マジかよ……」
王都から二日離れただけの町に別荘を構えるたぁ、止ん事無き方々のなさる事ぁ違うわと呆れてたんだが……聞けばそういうもんでもないらしい。
さっきも言ったようにこのサラゴスって町は、元々王都を守るための前哨都市として造られた。だから、主だった貴族にはこの町を防衛する義務ってもんがあるわけで、それが別邸の由来なんだと。別荘なんて気楽なもんじゃなくて、砦とかアジトとか……或いは本丸を守るための曲輪と言った方が近いらしいな。まぁ、元々は――って事らしいが。
「なので主立った貴族は、この町に別邸を構えるのが義務だったのですわ。……まぁ、今ではこの町に別邸を構える事が、貴族のステータスみたいに思われている節もありますけど」
「見事に本末が転倒してんな……」
貴族社会の屈折した事情に、俺が内心で溜息を吐いていると、
「おねえさま!」
屋敷の奥から走り出てきたチビっ子がお嬢に飛び付……こうとして、俺の存在に気付いて踏み留まった。誰かと思やぁ、お嬢の妹のフェリシアじゃねぇか。
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~Side レンフォール伯爵夫人(先代レンフォール公爵夫人,ドルシラ祖母)~
あらあらフェリシアってば……たった数日ドルシラと離れていたからって、大層な燥ぎようだこと。
コラードで宿を確保できない、野営するしか無いと判った時点で、少人数で一足先に別邸へ先行させたのだけど……いっそ野営の経験をさせてもよかったかしらね? そうしておけば、ネモ君とももう少し打ち解ける機会があったかもしれないけど……宿六が大反対したのよね。まぁ、妾もフェリシアにはまだ少し酷だと思ったから、宿の確保ができる程度の人数で先に行かせたのだけど……ここまで姉べったりだとは思わなかったわ。
でもねフェリシア、幾らドルシラと会えて嬉しいからって、ネモ君の前ではしたない真似はお止しなさい。後で少し注意して……いえ、ドルシラに任せた方が良いわね。フェリシアにもそっちの方が効果的でしょうし。
「……お見苦しいところをお見せしました。レンフォール家息女、フェリシアともうします。ようこそいらっしゃいました」
「これはご丁寧なご挨拶、痛み入ります。自分は見てのとおりの田舎者、ドルシラのお嬢……様と大奥様のご厚意にお縋りして、一夜の宿を請うただけの鄙者ゆえ、どうか過分なお気遣いはご無用に」
あらあら……フェリシアってば固まってしまって。
田舎者を自称するネモ君に、自分より数段上の礼儀を見せられては、どう対応したものか解らないようね。
……仕方がありませんね。ここは一つ、助け舟を出してあげますか。
「そこまで堅苦しくしなくていいのですよ、ネモ君。フェリシアもドルシラのクラスメイトだと思って……いえ、ミリエット嬢のお友だちだと思って接するといいわ」
「ミリエット様の?」
ネモ君の方は〝ミリエット嬢〟と言われてもピンと来ないようですけど、〝レクター侯爵のお孫さん〟と言えば解ってくれたようですね。〝あー……ミリィの事か〟なんて呟いていましたから。
逆にフェリシアの方が、ミリエット嬢をミリィ呼ばわりしているネモ君に驚いているようだけど。
ともあれ、他所々々しさは取れたかしらね?




