第八章 五月祭 2.土産物検分録(その1)
拙作「ぼくたちのマヨヒガ」更新しています。宜しければこちらもご笑覧下さい。
~No-Side~
弟妹への土産に悩むネモ、その後ろ姿に気付いた者たちがいた。
王族の一人として創世祭の奉納舞を見るべく招かれた――その実は、今年から学園生で市中にいるから丁度好いという事で、体良く押し付けられた――ジュリアンとその従者のコンラート、隣国の貴族という口実で招待された――実際はジュリアンの巻き添えだろうと踏んでいる――アスランとその従者エルメイン、この四名であった。
四名とも式典の類には何度か参加した経験があり、奉納舞を見ても浮かれ騒ぐような事は無かったが、祭の縁日というものは初体験であった。さすがにこの四名だけを縁日に放流するような真似はできなかったと見えて、目立たない身形の護衛が四人を取り囲むように護っている。が、それでも初めての縁日に心浮き立つのを隠せない。浮き浮きと露店を見物し、子供騙しの見せ物に目を瞠り、下々の者たちに交じって買い食いに勤しんでいた。
最初に気付いたのは、縁日に心を奪われつつも、従者として主君アスランの警護に気を配っていたエルメインであった。
「……ネモ?」
「え? ネモ君?」
「どこに?」
エルメインが指し示す方向を見ると、十二歳とは思えぬ長身を揺らめかせるようにして露店を冷やかしているネモの姿があった。今年初めて王都にやって来たネモは、これだけの規模の祭を見るのも初めての筈なのに、燥ぐ様子も見せず落ち着いて露店を冷やかしている。……まるで、この程度の縁日など見慣れていると言わんばかりに。
「……随分落ち着いてるね」
ポツンと呟いたのはジュリアンであった。さっきまで浮かれ燥いでいた自分との違いを見せ付けられたような気がする。何と言うか……王子たる自分がぽっと出の田舎者で、田舎育ちの筈のネモが生え抜きの都民のように思えてくる。
「……いっそ不自然なくらいですね」
王子たるジュリアンに応じたのは、これも本当は隣国の王子であり、ジュリアン同様に浮かれていたアスランである。自分たちが浮かれ過ぎていたという自覚は無いでもないが……それを抜きにしてもネモの落ち着き具合は不自然に思えた。
ふと周りを見回しても、大人はともかく子供たちで、ネモのように醒めた感じを見せている者はいない。
「確かに、妙に大人びていますね」
隠し護衛の一人も、やはりネモの落ち着きぶりは子供離れしていると評した。が、大人びているという理由で咎めるというのもおかしな話だ。クラスメイトには違いないんだし、折角だから声を掛けようと、近付きかけたところでネモが振り向いた。
・・・・・・・・
「いや、はっきり誰だと判ったわけじゃない。ただ、近づいて来る足音がしたから振り向いただけだ」
「この雑踏の中で……能く気が付いたね?」
「雨音や風の音に紛れて近づく獣だっているしな。俺なんかまだ未熟なもんだ。本職の猟師さんたちゃ凄いぞ」
解るような解らないような説明をされたが、王宮育ちのジュリアンたちにはピンとこない。部族の大人たちに交じって狩りをした事のあるエルメインだけが唯一、ネモの説明に頷いていた。
「で、さっきから見てると何か探してるみたいにも見えたんだけど……」
「あぁ、弟と妹の……」
説明しようとしてネモは気が付いた。アスランとエルメインはともかくとして、ジュリアンとコンラートはこの国生え抜きの王族である。疑問に思っていた事を訊ねるのに、これほど適した相手はいないではないか。
「なぁ、王都の名物って何だ?」
真顔でそう問いかけられ、ジュリアンとコンラートは硬直した。アスランは気の毒そうな面白そうな目で二人を見ている。
〝ん? 知らんのか? 仮にも王族とその側近候補が?〟――と言われているような気になって、凹むジュリアンとコンラート。実際にはネモはそんな事は言っていないのだが……そういう視線を向けられているような気がするのである。
「……王都は国の中枢としての機能を受け持っており、生産や加工はその任ではない」
我ながら苦しい言い訳だと思うコンラートであったが、意外にもネモはその説明で納得したらしい。
「……なるほど」
ネモは前世の東京を思い出して半分納得したのだが、それでも東京には――少なくとも嘗ての江戸には――佃煮や江戸前、園芸植物などがあった筈だがとも考える。――が、そんな事を口に出すようなKYな真似はしない。
……そして……その気遣いが判るからこそ、余計に凹むコンラート。
微妙な空気が漂い始めたところで、エルが黙ってある一画を指差した。そこにあるのは……
「見せ物小屋か……」
「「「なるほど……」」」
大道芸ならともかく、小屋を掛けての見せ物興行となると地方ではそう見られない。ネモのいたリット村では、大道芸人すら珍しかったくらいなのだ。凄く納得はできたものの……
「土産物には向かんよなぁ……」
問題は何一つ解決していないのであった。