第七十章 相乗り帰省道中記~二日目 サラゴスの町へ~ 1.スノーギガスの峠
今回解らないネタは、(生)温かくスルーして戴けると幸いです。
~Side カサンドラ(レンフォール公爵家護衛)~
早朝に野営地を発ち、コラードの宿場を抜けて暫く進んだところで馬車が停まった。何があったのかと御者に問い質したところ、
「……シィフォン峠が通行止め?」
「制札が立っているわけではないようですが、ほとんどの者が引き返して迂回路を目指すようです。何でも、雪溜まりにスノーギガスが潜んでいるとかで」
「スノーギガス……」
――正直、困った事になったと思った。
積雪そのものはお嬢様の【火魔法】で融かせるだろうが、スノーギガスを斃すほどの火魔法を放った場合、道そのものが無事かどうか確信が持てない。
護衛の者たちで討伐しようにも、スノーギガスは硬さで名を売っている魔獣だ。そう簡単に討伐はできないだろうし、万一逃げ出したスノーギガスが他の馬車や通行人を襲うような事になれば、レンフォール公爵家が責任を問われかねない。
然りとて、今から戻って迂回路を利用するような事になれば、余計な日数がかかってしまう。況して、迂回路は整備が充分でない上、道幅も本街道より狭いのだ。今頃は他の馬車や通行人でごった返し、通行自体も滞っているだろう。今日中に抜けられるかどうかも怪しくなってきた。
護衛隊を率いるモローも困って、大奥様の判断を仰いできたのだが……
「あ、だったら俺が一っ走り行って、様子を見てきましょうか?」
意外な名告りを上げたのは、今回同行する事になったネモという名の少年だった。お嬢様のクラスメイトだというが……只者ではない強者の風格を纏っている。漏れ聞こえてくる巷の噂も、実際に少年を目にすれば、強ち荒唐無稽な与太噺とばかりは思えなくなってくる。……尤もその反面で、本当にお嬢様と同い年なのかが疑わしくも思えてくるのだが。
だが、お嬢様に【氷結魔法】のアドバイスをしてくれたという話だし、冬期休暇の折には身命を呈してお嬢様たちを雪崩から守ってくれたというから、少なくともレンフォール公爵家に仇為す者ではないようだ。
そんな彼が偵察に名告り出てくれたのは、しかし我々護衛隊としては、痛し痒しというところだった。大の大人、それも戦闘職を差し置いて、魔導学園の生徒を単身偵察に行かせるなどしては、レンフォール公爵家護衛隊の名折れでしかない。しかし……
「護衛の皆さんには要人警護という職務があります。名折れとか言う以前に、持ち場を離れる事こそ護衛の矜恃に悖るのでは?」
――と、言われてしまえば反論の余地も無い。況して、
「自分はこれでも冒険者ギルドの臨時職員であり、見習いとは言え冒険者の末席を汚す者です。ギルドが〝市民生活の向上に資する事を目的とする〟と謳っている以上、事態を確認もせずに引き下がる事は、ギルドの一員としてできません」
……とまで言い切られては是非も無い。
大奥様とも相談の上、〝単に様子を見るだけで、雪溜まりには近付かずに戻って来る事〟を約束させて物見に出した。
せめて一人くらい護衛を付けるべきではないかとの意見もあったのだが、あっという間に遠離っていく彼の後ろ姿を見る限り、我々では足手纏いにしかならなかっただろう。
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~Side ネモ~
コラードの宿場の先にあるシィフォン峠って場所に、スノーギガスが出たと聞いた。……何かそこはかとなく不安になる地名だったんで、俺が偵察を買って出た。髑髏面の魔獣とか出たら嫌だし、スノーギガスなら何度か狩って要領も解ってるからな。冬休み終盤に狩った後も、何度か討伐に駆り出されたんだ。……サブマス、今年は豊年だとか言ってたっけな。
現場へ急いで【眼力】で確かめてみたところ、雪溜まりの中に二頭ほど隠れてやがる。辺りに人影が無いのをこれ幸いと、雪もろとも【施錠】で固めてから【収納】して一件落着。
冒険者ギルドの依頼で狩ったやつは、直ぐさま薬師・皮革・魔導の三ギルドに買い取っていかれたが、こいつはゼハン祖父ちゃんの土産にでもするか。
通行の邪魔になりそうな雪も、ついでに【収納】の中に片付けておく。
雪が無くなってスノーギガスもどっかへ行ったらしいと報告しときゃ、大奥様たちも納得してくれる……と思おう。




