幕 間 レンフォール公爵家@レンフォリア 2.狐と狸の話し合い(その2)【地図あり】
~No-Side~
ラティメリアの立場から考えてみよう。
小なりとは言え、このところ途切れがちであった隣国からの交易船が、しかもレンフォール公爵家の肝煎りで派遣された事の意味は小さくない。
何しろ隣国たるオルラント王国は、先王の血を引く――そして、今となっては唯一シモン王に対抗できる――王子アスランの亡命先なのだ。その国が交易を求める船を寄越したとあっては、これは慎重にその真意を探らねばならない。
というわけで、アスランの腹心にしてその従者エルメインの叔父であるハラディンが、レンフォール公爵家の心底を見極めるべく、一商人という肩書きの下に派遣されて来たわけである。
が……それくらいの事は当の公爵も承知の上。
ここまでくると〝狐と狸の化かし合い〟めいてくるが……ハラディンはエルメインの血を分けた叔父である。という事は必然的に、ハラディンもまたラティメリア王国の遊牧民の出であるという事になる。
――そう。レンフォール公爵家が、正確にはその奥方と娘が欲して已まない、〝遊牧民との伝手〟である。
ここまで再三述べてきたように、レンフォール公爵家の真の狙いは遊牧民との交易にあるのだが、それを赤裸々にするわけにはいかない。
オルラント王国は現シモン王より遊牧民との交誼を望んでいる……などと受け取られては困るのだ。シモン王と遊牧民との関係がしっくりいっていない現状に鑑みれば、それは誤ったメッセージとなりかねない。遊牧民との交誼を望んでいるのは、飽くまでもレンフォール公爵家でなければならない。それも商業利益という見地から。
斯くの如く、双方それぞれの思惑を抱え、しかもそれを表に出す事ができないという制約の中で、言外に籠めた仄かなニュアンスだけで、真意の疎通と交渉を図らねばならないのだから、これは中々の難題である。
それでも、どうにかこうにか(表と裏の)会話を進め、目下の話題となっているのは……
「やはり内陸の産物だと、船荷として集めるのは難しいかね」
「ラティメリアの国土も広くございますので。内陸の者だと海の近くへ行くのは疎か、そんな事を思い付くのすら難しいでしょう」
寧ろ遊牧民が牧草を求めてユマ河の河畔に近付き、ユマ河を越えて来た行商人に出会う可能性の方が高いかもしれない……と聞かされて、公爵は内心で〝フィーッシュ!〟の声を上げた。
[オルラント~ラティメリア周辺地図]
繰り返すが、レンフォール公爵家が狙っているのは遊牧民との交易であり、そのためには遊牧民と折り合いの悪いシモン王を退陣に追い込むのも選択肢のうち。
しかし、レンフォール公爵家が得意とする海運によっては、遊牧民との交易拡大が難しいとなれば、陸路での交易を狙うしか無い。
レンフォール公爵家による独占の旨味は無くなるが、遊牧民との伝手を強化しシモン王の勢力を削いでゆけば、再度の王位交代にまで持ち込む筋も見えてくる。そしてその場合に次代の王となるのは、オルラント王国に留学中のアスラン王子である。
レンフォール公爵家としての直接の旨味は減るものの、代わりにオルラント王国はそれ以上に大きな益を享受できる。その立役者――もしくは黒幕――としてレンフォール家が名告りを上げるというならば、これはこれで悪い話ではない。
「ふむ……そうなると、当家だけで裁量できる範囲を超える事になる。直ぐにどうこうというわけにはいかなくなるか……」
これ見よがしに考え込む公爵を見て、どうやらこの辺りがレンフォール公爵家の狙いであり、そして表に出せなかったメッセージらしいと察するハラディン。交易によって遊牧民が力を付ける事は、打倒シモン王の戦略を考える上でも悪くない。そして、それには時間がかかるという事も理解した。
……なるほど、ラティメリアの商人としての自分ではなく、アスラン王子派としての自分にこれを伝えたかったのか――と、自分なりに納得するハラディン。
そして……どうやらこれで話の本題は終わったらしい。
「ふむ……折角来たのだから、交易の種になりそうなものを見て帰るといい。レンフォリアの町もそれなりのものだと自負してはいるが、水運によって各地の産物が集まるという意味では、やはりウォルティナを見ておくべきだろう」
「えぇ。ウォルティナには昨年も足を運びましたが、欲しかった品は手に入らず、残念な思いをしたのですよ」
「ほぉ……何を狙っていたのか訊いても?」
「えぇ。こちらで獲れるという大水蛇の素材を狙っていたのですが……」
「大水蛇か……あれはウォルティナの町でも出廻っているが、確実な入手を考えるなら、タイダル湖の畔にある水産ギルドを訪ねた方が良いかもしれんな」
「えぇ。今年はそれを狙っているのですよ」




