幕 間 レンフォール公爵家@レンフォリア 1.狐と狸の話し合い(その1)【地図あり】
~No-Side~
その日、領都レンフォリアにあるレンフォール公爵家の応接間は、珍しい客人を迎えていた。
「……すると、こちら様は我が国との交易をお望みだと?」
「貴国との交易を望んでいるのは、飽くまでも当レンフォール公爵家だ。そこは間違えないでもらいたい。……今のところは、だがね」
「なるほど……」
国交改善の打診とかではなく、民間の商業レベルの交流――という話に、ハラディンも納得の意を示す。まぁ、その交渉の相手に自分が選ばれたという事を考えると、話はそれだけではないのだろう……と、エルメインの叔父にしてアスランの腹心・ハラディンは内心で頷いた。
「何しろ我が国と貴国では、風土や産物の違いが大きいからね。そちらでは有り触れたものであっても、我が国では珍しいものかもしれない。勿論、その逆もまた然りだが」
「それは確かに」
――公爵の言うのは事実である。
高々ユマ河という大河一つを隔てただけだというのに、両国の気候風土が著しく異なっているのは、昔から数多の賢人たちの首を捻らせてきた謎であった。水の国とも言われるオルラント王国に対して、隣国ラティメリアは乾燥気味の気候となっている。気候学でも地質学でもその説明が付けられない事から、恐らく土地の属性が違うのだろうというフワッとした説明が罷り通っているぐらいなのだ。
[オルラント~ラティメリア周辺地図]
その違いは畢竟、両国の風俗習慣や産物・文化にまで影響しているため、公爵の言うような商機が生まれる可能性は大いにあった。
いや――実際に少し前までは両国の交易はそれなりにあって、相応の利益を生み出していたのである……政変によってラティメリアの国王が替わるまでは。
なればこそ、レンフォール公爵は自分の発言に慎重にならざるを得ない。
オルラント王国の方からラティメリア王国に交易の便宜を請うた……などという形になるのは望ましくないし、況してや……
(こちらとしては遊牧民との交易が主眼で、それ以外はついで……などと知られるわけにはいかんからな)
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そもそも、レンフォール公爵家がラティメリア王国との交易強化の方針を打ち出したのは、〝お嬢〟こと公爵令嬢ドルシラの主導によるものであった。
昨年の茸狩りの際に何故か盛り上がった美容痩身の議論の中で、ラティメリアの遊牧民が飼育するラクダのミルクは、牛乳に比して脂肪分が少ない……という衝撃の事実を知ったドルシラが、全女性のために是非とも確保調達すべし、何なら遊牧民と上手くいっていない現王も退陣させるべし――などと、鼻息も荒く主張したのである。
良識派を自認する当代のレンフォール公爵――先代ではないので間違えないように――は、軽く笑ってその話を往なそうとしたのだが……豈図らんや、彼の妻――要するにお嬢の母親――がこの話に強い関心を寄せた。
終いには旧知の夫人連にそれとなくアンケートを採り、簡単な市場調査と市場の拡大を見込んだ上での利潤の予測まで揃えて行動を迫った。
〝これは絶対ものになる〟――と、満々の自信を湛えて断言する妻子の姿に、半信半疑のレンフォール公爵も、渋々とは言え動かざるを得なくなる。
とは言え、いきなり遊牧民に話を持ち込むというのも難しいので、公爵はまず自分の切れる手札から切る事にした。それが、海都エラスマスから隣国ラティメリアへの交易船の派遣である。




