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第六十九章 相乗り帰省道中記~一日目~ 1.出発

 ~Side ネモ~


 卒業祭でのドタバタ騒ぎから二日後、帰省の支度を済ませた俺は学園の校庭にいた。まぁ帰省の支度と言っても、荷物のほとんどは普段から【収納】に仕舞い込んでるしな。(あい)(さつ)廻りを済ませた後は、身一つで動きゃいいんだから楽なもんだ。

 で、そんな俺が態々(わざわざ)学園の校庭に足を運んだ理由は何かってぇと、


「よぉお嬢、今回は世話になる。……あー……レンフォール伯爵夫人(おおおくさま)にもご機嫌麗しく」

「構いませんわ。どうせ(わたくし)たちも帰省のついでになりますし。お祖父様のやらかしの後始末、その一端と思って戴ければ」

ドルシラ(ドリー)の言うとおりですね。ですからネモ君も、そう(かしこ)まらずに気楽にしていいのですよ?」

「……恐縮です」


 ――そう。俺と帰省のルートが重なってるお嬢が、途中まで馬車に乗っていかないかと言ってくれたんだ。徒歩だと行き帰りだけで休みが潰れちまうんで、入学前は春の帰省は諦めてたんだよな。

 幸い、蛇特需で(あぶく)(ぜに)を稼ぐ事ができたから、馬車代くらいは何とかなりそうだったんだが……全行程を馬車でとなると車代だけでも結構な出費になるし、ちょっと悩みどこだったのは事実だ。


 そんな俺の境遇に同情してくれたのか、お嬢がクラスメイトの(よしみ)で馬車への同乗を提案してくれたんで、俺は一も二も無く飛び付いたんだが……


「……お嬢、本当にコレに乗っていいのか?」


 基本は歩きで周囲を警戒し、時々馬車の荷台に乗せてもらえりゃ(おん)()だと思ってたんだが……お嬢が俺に勧めてきたのは、自分たちが乗る高級馬車への同乗だった。


「俺としちゃ荷馬車の隅でも充分なんだが」


 ――というのが俺の偽らざる心境ってやつだったんだが、お嬢に言わせると少し違うらしい。


「ネモさん? 仮にもレンフォール公爵家の(わたくし)が帰省するのに、クラスメイトを荷馬車に乗せていた……などという噂を立てられると、どうなるとお思いですの?」

「あー……そういう事か」


 風評被害っていうやつか。セレブはセレブで大変なんだな。


「余計な手間をかけさせてすまんなお嬢。大奥様も」

「これくらい、手間でも何でもありませんわ」

「そうですよ。それより……ネモ君は制服なんですね?」

「えぇまぁ。一応学則でもそうなってますし」


 学則に〝帰省時の道中は制服着用の事〟ってなってたから制服なんだが……言われてみりゃお嬢はドレス姿だな? 優等生のお嬢が学則破りたぁ珍しい……と思ってたんだが、どうやら貴族の場合は少しばかり事情が違うらしい。

 道中でも〝魔導学園の生徒〟としてより〝貴族家の一員〟として行動する事を要求されるとかで、基本的に学外で制服は着用しないんだと。


 ま――俺の場合は制服が(いっ)(ちょう)()だから、お目汚しにならない服となると、他に選択肢が無かったわけだが。ちなみに、正式な社交の席ではないという事で、ベストとボウタイは外してある。


「いえ、それはいいんですけど……シャツのボタンが少し変わっていますね?」


 ――お。さすがに大奥様は気付いてくれたか。こりゃ、出発前にスカイラー洋品店から届いたばかりの貝殻ボタン、その試作品ってやつだ。

 湖水地方直送の貝殻を加工して造った平ボタンだが、完成品のイメージしか無い状況で一からの手探りから始めたってのに、半年ほどで試作品が出来上がってきた。加工具の設計から始めなくちゃならなかった筈なんだが……店長さんの本気度が凄ぇな。


「……シャツの生地に溶け込むような控え目な色合い……ゴテゴテしたところが無いのが、(かえ)ってスッキリとして好い感じですね。……素材は何なのかしら?」

「お祖母様、それだけではありませんわ。『前立て』のボタンが控え目なのと対照的に、袖口(カフ)のボタンは随分と……」

「あらあら、上着の袖から少しだけ見え隠れするのが(かえ)って(いき)だこと。……ネモ君も隅に置けないですね」


 ……俺の評価については物申したい部分もあるが、カフリンクスに注目したのはさすがだな。これもスカイラー洋品店の新商品だ。シャツの袖口に縫い付けるタイプのカフスボタンじゃなくて、ボタンホールを通して引っかけるタイプのカフリンクス、それもT字状の留め具で固定するスティヴル式ってやつだ。


 貝殻ボタンの加工具と言いスティヴル式のカフリンクスと言い、実作には大変な手間がかかったんじゃないかと思うんだが……聞けば新技術と新市場の開拓を餌にして、腕の良い職人を工房ごと囲い込んだらしい。実家が大手の商会だからこそできる荒業だな。これを手懸かりに一気に勝負を掛けるんだと、悪い顔して笑ってたけど……


 そんな店長さんが、試作品のシャツとカフリンクスを俺のところに持って来たのは、文字どおり帰省の直前だった。何でも、〝俺が着ていると目立つから〟っていう説明だったんだが……まぁ、日頃から世話になってる店長さんの言う事だから、広告塔になるぐらい構わんのだが……早速にレンフォール家の女性陣が食い付いてるな。店長さんの眼は確かだったって事か? 入手先を訊かれたんで、スカイラー洋品店の試作品だと答えておいたが……魔導通信機を取り出して何か話してたから、早速にも入手の打診をするつもりかもしれん。


 店長さんの意向だと、ゼハン祖父(じい)ちゃんにも見せて感触を確かめてもらいたい――って話だったが……これ、祖父ちゃんに話すより先に、現物が流通したりしないよな?

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