幕 間 レンフォール家 お茶の間裁決情景
本作もそろそろ終盤に差し掛かります。
~Side ドルシラ~
滅多に使う事の無い小さな客間で、お祖母様とお祖父様が向かい合って座っていらっしゃいます。
毅然とした表情で前を向き、ハキハキとものを言うお祖母様に対して、お祖父様の方は俯き加減でボソボソと答弁していらっしゃいますが……いつものような覇気がありません。……ネモさんなら〝煤けている〟と形容なさるかもしれませんわね。
「ですから、今度の帰省には貴男はお留守番して戴きます。これは領都にいる息子……現・レンフォール公爵とも、充分に相談した上での決定ですの」
「………………」
「えぇ。公爵家当主が王都に不在という状況が続くのは、当家にとってもあまり好ましくございません。ですから、息子と入れ替わりに妾が領都に参ります。緊急事態には魔導通信機で対応できますし、何でしたら、嫡孫に付いてもらってもよございます。今は幸い内政も落ち着いている事ですし、然して問題は無い筈じゃございません?」
「………………」
「えぇ、当初はそういう予定ではございませんでしたわね。ですが、事情が変わったのです……えぇえぇ、もう色んな意味で――ね」
「………………」
元々の予定では、目下領都においでのお父様――現・レンフォール公爵――と入れ替わりで、お祖父様が領都に戻られる手筈になっていました。その予定が大幅に狂ったのは、元を辿ればお祖父様のせいなのです。
お祖父様がつまらない稚気を出して、創立祭でネモさんを挑発したりなさったせいで、当家はネモさんに信頼の置けぬ貴族と認識されてしまったのです。幸いに、私個人の評価はそれとは別扱いのようで、当家との縁は首の皮一枚で繋がっているような有様です。
なのに、その隙を衝くかのように、軍務系の大物貴族であるレクター侯爵が、ネモさんと旧知の仲である事が発覚しました。入学早々から知己を得ていたにも拘わらず、このままでは当レンフォール家は、レクター侯爵家の後塵を拝する事にもなりかねません。
起死回生の一手としてお祖母様が立案なさったのが、当家の馬車でネモさんを故郷までお連れする……という策でした。
ネモさんの故郷である湖水地方は、王家直轄領ではありますが、当レンフォール公爵領に接しています。帰省のついでにクラスメイトを途中まで送って行く……というのは、魔導学園の生徒としてもごく自然な行ないですわよね?
ですけれど……
「………………」
「えぇ。これが関係改善の好機だという事には、妾も両手を挙げて賛同致します。ですが……その〝関係〟は飽くまで〝レンフォール家とネモ君〟の間の関係であるべきで、〝貴男とネモ君〟のそれではない事はお解りですわね?」
折角の好機だというのに、当家とネモさんの間をおかしくさせた張本人であるお祖父様が一緒だなどとネモさんに知れては、同行を拒否される虞すらございます。ここは何としても、お祖父様にはご遠慮願わなくてはなりません。
「………………」
「乗り合わせないように馬車を替える……などとおっしゃっても駄目です。これ以上、当家の悪名を高からしめるわけにはいきません。……ドルシラから聞きましたが、当家に対するネモ君の不信は根深いものがあります。正直なところ、ドルシラのお蔭でどうにか縁が繋がっているような状況なのですよ? これ以上ネモ君の信頼を損ねるわけには参りません」
「………………」
「問題は既に当家だけのものではなくなっているのです。全く……状況もあろうに創立祭の魔導学園内で、あわや血で血を洗う戦闘が勃発するところだったなんて……各方面にどれだけの配慮をお願いしたと思っているのですか」
「………………」
「有り体に申し上げれば、この件に関して貴男には、爪の垢ほどの信頼も無いのです。領都に置いておくなど論外です」
繰り返しますが……当レンフォール公爵領と湖水地方はお隣同士なのです。それを良い事に、失地挽回に逸るお祖父様が、ネモさんのご家族に接触を図る……などという可能性も否定できません。そして――その試みが成功するにせよ失敗するにせよ、ネモさんがお祖父様に対する不信感を募らせるのは間違い無いでしょう。……その不信感が、お祖父様だけでなく当家全体に及ぶ事は、断固として阻止しなくてはなりません。
お祖父様にはお気の毒ですが、暫くの間は当家に軟禁……引き籠もって戴かなくてはなりませんわね。




