第六十八章 卒業祭~楽日~ 9.クライマックス(その1)
~Side エルメイン~
行方不明の子供のものと覚しい足跡を追っていると、如何にもそれらしい小屋が見えてきた。人通りの少ないのが幸いして、足跡は乱される事無く残っていたから、追跡に間違いが無いのは確かなんだが……
「……やはり見張りはいないようです」
あそこが悪党どもの根城なら、周りに警戒役の一人二人は配置されていて当然なんだが、それらしい人影は全く見えない。余程隠形の術に長けた者でもいれば別だが……ここまで足跡を隠そうという努力が見られなかった事を考えると、それもちぐはぐなように思える。
肚を括って中を覗いてみようと近付いたら……なぜかアスラン様はじめご一同が後に蹤いてきた。……いや、中の者に気付かれた様子は無いから、結果的には問題無かったわけだが……
まぁとにかく、こっそり中を覗いてみたら、人相の悪い男二人が面付き合わせて何か言い争っており、その奥に子供が一人ちょこんという感じで座っていた。
(「……身代金目当てに攫って来たんなら、もう少し気を配りそうな気がしますが」)
(「子供も縛られている様子は無いし」)
(「どちらかと言うと、子供の事など眼中に無い――という風ですね」)
……何がどうなっているのか能く解らないが、とにかく事情を探るのが先決だろう。そう考えて、男たちの会話に聴き耳を立てていると、「学園」・「合鍵」・「盗み出す」……などという単語が漏れ聞こえてくる。詳しい事情は解らないが、これはもうクロで確定だろう。……どういう〝クロ〟なのかは後で考えればいい。
振り返ってアスラン様・ジュリアン様に目でお伺いを立てると、突入待った無しというように頷かれた。俺が先陣を務めるのだろうと思っていたが、ジュリアン様の判断は、〝騎士学園の二人を先に突っ込ませる〟だった。
アスラン様が小声で教えて下さったのは、ここ暫く良いところ無しの騎士学園に花を持たせようという事の他に、
(「名誉と表裏一体の、危険な先陣を任せようとい事なんだろうね」)
前にネモが言っていた「捨て駒」とか「煤払い」とかいうやつか。……少し違ってたような気がするが、まぁいいだろう。
何はともあれ、一番槍を任された騎士学園のお二方は、勇んで名告りを上げられた。
「そこまでだ! 天を恐れぬ悪党どもめ! 騎士学園生徒エドマント・リスカーが成敗してくれる。覚悟!」
「同じく、イーサック・ジュード。年貢の納め時だと観念するがいい」
このお二方に劣らじと、バルトラン様が続いて名告りを上げられた。
「魔導学園生徒レオ・バルトラン、天に代わって不義を討つ! 温和しく今際の祈りを唱えるがいい!」
放って置くわけにもいかず、俺たちも窓を離れて戸口の際に移動したんだが……田舎にいた頃に立ち見した小芝居を思い出した。アスラン様は隣で遠くを見ていらっしゃるし、ジュリアン様は困ったような笑いを浮かべていらっしゃる。マヴェル様は引き攣った表情で青筋を立てるという珍しい面持ちを浮かべておいでだったが、諦めた……と言うか、世の無常を悟ったような表情で溜め息を吐くと、ジュリアン様ともども後に続かれた。
……俺とアスラン様とレベッカ嬢は少し遅れて小屋の中に入り、その片隅に陣取った。
「……同じく、コンラート・マヴェル」
「オルラント王国第三王子、ジュリアンである。王国に仇為す不届き者ども、神妙に縛に就がいい」
俺たちもアレをする必要があるのかとアスラン様の方を見たが、黙って頭を(左右に)振られたので、そのまま静観を続けた。……少し安心した。
お歴々の乱入に悪党ども(仮)二人は呆然と立ち竦んでいたが、思いがけず素早い身の熟しで、後方にいた子供の方に突進した。
てっきり子供を人質に取るつもりだと思っていたら……そのまま子供の横を素通りすると、その更に後ろにあった窓を突き破って逃げ出した。皆様方は一瞬虚を衝かれて固まっておいでだったが、直ぐに気を取り直すと、騎士学園のお二方とバルトラン様が後を追われた。
ジュリアン様とマヴェル様は子供の方に向かわれ、素性の確認をなさっている。
……逃げ出した二人は、少し前に表に着いたネモたちと、その後から駆け付けたらしい連中が取り押さえるだろう。これにて一件落着というところか。




