第六十八章 卒業祭~楽日~ 8.ジュリアン分隊
~Side コンラート~
ネモたちと別れた我々は、早速に子供の足取りを追う事にした。
当初はエルメインの追跡スキルを当てにしていたのだが、何の手懸かりも無しに足跡を探すのは、干し草の山の中から一本の針を探すようなもので、幾ら何でも無理だと謝絶された。……言われてみれば尤もな話だ。
ならば訊き込みで範囲を絞ろうという段になって……このチームは訊き込みに向いた人材を欠いている事に気付いて愕然となった。何しろ、別働隊八名中六名までが貴族家子息。平民からの訊き込みなど、スキルがどうこう以前にやった事すら無い。頼みの綱のエルメインも、狩猟系のスキルこそ持っているが、訊き込み系のスキルは持っていないと言う。
万事休すかと思われたその時に、名告りを上げてくれたのが、Dクラスのレベッカという女生徒だった。
「週末毎に買い出しに出てますから、お店の人たちとはそれなりに顔見知りなんです」
……そう言えば、ネモもそんな事を言っていたな。
聞けばDクラスの生徒は――主に金策のために――週末毎に外出の許可が出るのだそうだ。レベッカ嬢はその機会を、クラス代表としての買い出しに当てているらしい。
レベッカ嬢の事情は解ったが、ネモも能くそんな事を知っているものだ。……あぁ、そう言えばネモは寮住まいではなく、学園外に下宿しているのだったな。
ともあれ、レベッカ嬢に訊き込みを任せたところ、早々に見過ごせない情報にぶち当たった。
「――大人二人が身形の良い子供を追い廻していた?」
これぞ本命かと心が逸ったのだが、
「そ、それって誘拐とか拉致監禁とかじゃ――」
「いやぁ? そんな感じじゃなかったねぇ。どちらかと言えば、悪戯小僧を追いかけてるって感じで」
「そ、そうなんですか?」
「幾ら身形が良くっても、行儀の悪い子供ってのはいるんだねぇ」
「は、はぁ……」
これが一人だけの印象というならまだしも、その後も同じような証言が続いたとなれば、話の趣は変わってくる。
「……どういう事だと思う?」
「当初の想像とは、少し風向きが違ってきたように思いますが……」
いや――〝悪漢(仮)に追われた子供〟という構図自体は変わっていないのだが、その雰囲気は大分異なっている。……迷子案内所よりも、衛兵詰め所か懲罰房を探すべきではないかと思えるくらいに。
それに何より、〝子供を追っている大人〟が、その挙動を隠そうとしていない。まるで自分たちの行動に恥じるところは無いとでも言うように。……どう見ても「犯罪者」の行動とは思えない。
「取り敢えず、子供の足取りを追ってみないかい?」
「……そうだね。ここで益体も無い思案に迷って時間を潰すより、そっちの方が建設的だろう」
アスラン殿下……アスラン殿の提案にジュリアン殿下が同意なさった事で、この後の方針が決まる。
目撃証言自体は複数得られたが、問題はそれらの前後関係が不明な事だ。おまけに、目的の〝大人二人と子供〟は彼方此方と迷走したらしく、移動の向きは更に判りにくくなっていた。
そんな折――
「……足跡です。大人と子供。……子供の足跡は飛び飛びに乱れていて、丁度誰かが子供の手を持って引き摺っているような……」
【狩人の眼】というスキルを持つエルメインが、今度こそ本命と思える痕跡を発見した。
直ちにネモに連絡しようとしたところで、新たな問題点が発覚した。
「で……ここって何処なんですか?」
……遺憾ながら我々は、市街地の土地鑑というものに明るくない。いや、市街地に出た事自体は何度かあるのだが、今から進もうとしている裏小路が何という場所なのかと訊かれると、返答に困るというのが実情だ。我々の中で一番詳しそうなレベッカ嬢にしたところが、
「えーと……大通りならまだしも、そこを外れるとちょっと。……あたし、この土地の出身じゃありませんし」
ナイジェルやクラリス嬢、アグネス嬢がいれば話は違ったのだろうが、生憎と彼らとは魔導通信機で連絡を取る事もできない。合流を期待するのは楽観が過ぎるだろう。
「何か目印を残しておくしか無いだろうね」
「あれはどうでしょうか? 辻神の像。あれなら大抵の四つ辻に設置してありますから」
「……悪くないね。それでいこう」




