第六十八章 卒業祭~楽日~ 7.ネモ分隊
~Side ドルシラ~
ジュリアン殿下たちと別れて、ネモさん・ヴィクさんとご一緒に、行方知れずとなったお子様を捜しに出たのですけれど……
「……だめですわ。応えてくれません」
「あー……そうか。……気にすんな、お嬢」
ネモさんも薄々お気付きのようですけど、恐らくは隣にいるネモさんを小鳥たちが怖がっ……警戒しているのだと思います。【従魔術】での呼びかけには反応してくれるのですけど、こちらへ来てはくれませんの。……仄かに怯えのような感情が伝わってきますし。
ですけれど、これは困った事になりました。私が捜索班への参加を許可されたのは、【従魔術】で小鳥たちからの情報収集が可能という点を考慮しての事です。
【従魔術】ならネモさんもお持ちですけれど、何となく――えぇ、何となくですわよ?――ネモさんの呼びかけには応えてくれないのではないかと予想していましたけど……まさか隣にいるだけで、近寄るのも拒否されるとは思いもしませんでした。
「……一旦俺が離れるか? 護衛ならヴィクに頼めばいいし」
――そうネモさんはおっしゃるのですけど……どうも小鳥たちはヴィクさんも警戒しているようなのです。何しろヴィクさんのお名前は、「打倒されざる者」から取っているのですものね。強者の雰囲気が漂っているのだと思います。ネモさんの傍にいるから、目立たないだけでしょうね。
どうしたものかと途方に暮れていましたら……
『マスター おじょうー おじいちゃんが いるよー』
『爺ちゃんだぁ?』
ヴィクさんが指し示す――えぇ、身体の一部を触手のように伸ばして、指し示してくださいました。本当に、スライムとは思えないほど器用です――方を見遣ると、そこにいらっしゃったのは、
「ありゃ。フォゼカイアの爺さんじゃねぇか」
「確かにフォゼカイア老師ですわね。……ネモさんはお知り合いでしたの?」
「ギルドの講習でちょっとな。お嬢も知ってたのか?」
「えぇ。私も何度か【従魔術】についてご指導を受けましたの。……公にはされていませんけれど」
私たちの事に気付かれたのでしょう。老師は杖を振ってこちらに歩いて来られました。
・・・・・・・・
「小鳥たちが近寄って来ぬとな? あー……多分アレじゃな。……何と言うか……」
「……気を遣ってくれなくてもいいですよ。俺の気配に怯えて寄って来ないんでしょう?」
「うむ……まぁそうなんじゃが……ここは一つ、この老骨が一肌脱ぐとするかの」
一体何を……と思って見ていましたら、老師から呼びかけの波動が放たれて……小鳥たちがそれに応えて飛んで来てくれました。……それでも相応に距離をとってはいますけれど。
老師の「説得」で近くに来てくれた小鳥たちですけど、彼らからの聴き取りはそのまま私に任されました。……〝お手並み拝見〟とでもおっしゃるのでしょうかしら。
それから暫く小鳥たちからの訊き込みを行なってみたのですが、結果は芳しいものではありませんでした。しかし、場所を変えて訊き込みを続けた結果、或る一羽の小鳥からそれらしい情報――大人と子供が追っ駆けっこをしていた――を得る事ができたのです。
ただし、問題が一つありまして……
「場所が判らないってのか?」
「〝ここから少し離れたところ〟なのだそうですけど、小鳥の距離感というのが……」
「あー……人間とは違ってるってか。……そりゃそうか」
「それに、人間の間でいう地名が、小鳥には通じませんの」
「それもそうか……」
有望な証言が得られたと思った時にこれなのです。異種族間での意思疎通の困難さというものを深く実感させられ、無力感に浸っていたところ、
「ふむ……ならばちと手助けをさせてもらうかの」
「手助け……」
「ふむ。問題の要諦は、場所は判っているのにそれを言葉で伝える事ができん――というところにある。そういう場合にの、相手の記憶を覗き見るという手が、【従魔術】にはあるんじゃよ。ま、ちと上級の技じゃで、今のお前さんたちには難しいじゃろうが、の」
「「おぉ……」」
そんな奥義があるとは存じませんでした。思わずネモさんと感嘆の声が揃ってしまいましたわ。
フォゼカイア師は小鳥と話す……と言うか、記憶を覗かせてもらって、場所を特定しました。私とネモさん・ヴィクさんもその映像を〝見せて〟戴きましたが……
「……堅気にゃ見えない男二人が、身形の良いチビを追いかけてんな。……人目も憚らずに」
「お主らの言う〝拉致監禁〟とは、ちと趣が違ぅとりゃせんか?」
そうなのです。もっとこう……〝人目を避けて密やかに〟事が為されたものだと思っていたのですけれど……コレ、どう見ても大声で喚きながら追いかけてますわよね?
「腕白小僧を追いかけて説教……って感じにしか見えんのだがな」
「恐らくは周りもそうと見て、通報する気配も見えておらんの」
今一つ事情が不明という事で、移動しながらの訊き込みを続ける事にいたしました。事情の不可解性に鑑みて、質問役はフォゼカイア師に代わって戴きましたけど。
老師は年の功というのか、言葉ではなく映像を介して訊き込みを続けていらっしゃいましたが、ややして第二報――らしき――証言に巡り会ったのですが……
「……今度は鳥を追っかけてんのか、こいつら」
「どうもカラスのようじゃのぅ」
「やっぱり大声を上げて追いかけているようですわね」
遺憾ながら出来事の前後関係は不明ですけど、場所は概ね特定できました。
この場で訊き込みを続けるより、現場に急いだ方が良いだろうと意見が一致し、人混みの中を移動していたところに、マヴェル様から魔導通信機で連絡が入りました。どうやら向こうでも同じ情報を入手したらしく、事件(?)の現場へと急行しているそうです。
目印を残しておくので、跡を追ってほしいという事でした。
「目印……って、何でそんな廻り諄い真似をしてんだ」
――と、ネモさんはぼやいておいでですが……これは私たちの失策でした。
ナイジェルさんやクラリスさんたちと別れたせいで、殿下のチームには土地鑑のある方がいらっしゃらないのです。強いて挙げればレベッカさんでしょうけど、あの方も地元育ちではありませんものね。大通りくらいならまだしも、そこから外れた〝現場〟の位置を、言葉で説明する事など無理でした。
「人間様だなんて威張っていても、小鳥と同じヘマをしでかしてんのかよ……」
ネモさん? 愚痴を零すのは後にして、今は現場へ急ぎませんこと?




