第六十八章 卒業祭~楽日~ 1.イベント開幕
~Side ネモ~
卒業祭の楽日、高等部の卒業発表ってやつを見物に行って、昼飯時に一旦戻って来たんだが……気のせいか、妙に空気が騒ついてねぇか?
「いや、気のせいじゃないと思うな。間違い無く様子がおかしいよ」
「ですけれど……その〝おかしさ〟自体が、どこかおかしくありませんこと?」
「……だね。深刻そうな表情の者と、どこか呆れたような表情の者と。……面白そうな表情の者もいるかな」
要するに、何かが起きたのは確かだがその受け止め方が各々で違うって事か、そうでなけりゃ……
「複数の〝おかしな事〟が起きたんだろうな」
「どちらにしても放っては置けん。……事情を確認して参りますので、暫時お待ち下さい」
そう言い置いて、コンラートのやつは訊き込みに走って行った。
反応の違う連中から話を訊く必要があるから、ちっとばかり時間がかかるだろうな。俺としちゃあそれを待ってる間に、ちょいと何か腹に入れておきたいところなんだが。
「ネモさん……それはあまりにも不謹慎ではありませんこと?」
「でもなお嬢、どっかの国じゃ〝腹が減っては戦はできん〟って云うらしいぞ?」
「それは……至言のような気もいたしますわね」
「それにな、これが正真正銘の厄介事なら、この後で飯を食ってる時間なんか無くなるかもしれんだろうが」
食事が摂れる時間は今しか無いかもと言ってやると、お嬢だけでなくジュリアンたちも考え込んだ。
「……ゆっくり食事を摂るのはどうかと思うけど、手に持って食べられるような軽食を買い込んでおくのは良策かもしれないね」
「そうだね。上手い具合に軽食の出店なら幾つかあるし」
「ネモ、噂の固豆というのも売っているのか?」
「……知らん。知らんが……アレはそこそこけたたましい音を立てるからな。あれば気付くと思うんだが……」
それっぽい音を耳にした憶えは無いから、期待薄なんじゃねぇか? ま、固豆はそれなりに買い込んであるから、俺もヴィクも好きな時に食えるけどな。
「いや……流通はしているみたいだけど、少なくとも学生の手に入るような値段じゃなくなってるんじゃないかな?」
「昨日の卒業研究でも、そういう結論になっていましたわよ?」
「……残念です」
……エルのやつ、そこまで固豆が食べたかったのか? 一食分くらいなら奢ってやるか。
・・・・・・・・・・
校庭の出店で適当な軽食を見繕って、適当に腹を膨らませていると、コンラートのやつが訊き込み行脚から戻って来た。
労いの言葉とともに肉串を渡し、それを食べ終えたところで事情の説明を要求したんだが……
「子供が行方不明……?」
「あぁ。貴族家の男児が一人、朝から姿が見えないというんで、内々に探しているところらしい」
あー……下町のガキじゃなくて貴族の坊ちゃんだもんな。身代金目当ての拐かしって事もあり得るか。けど、それを大っぴらに公表して探した挙げ句、当の子供がひょっこり出て来たりすりゃ、親の顔は丸潰れだ。それどころか、身代金が取れそうにないと踏んだ誘拐犯が、手っ取り早く口を塞ぐ……なんて可能性も無視できん。……そりゃ、懸命に秘密裡にって事にもなるか。
けどな、いなくなったってのが好奇心の強いガキんちょなら、案外そこらの教室に潜り込んでそのまま転た寝……って可能性もあるんじゃないのか?
「いや、今回ばかりはその可能性は低い。別件で虱潰しに見て廻ったそうだからな」
「別件?」
「他にも何かありまして?」
コンラートのやつが問われるままに話し出した〝別件〟ってのは、俺にとっちゃ不意討ちにも等しいもんだった。
「幻の声楽家……?」
「えぇ。音楽自習室に演奏の記録が残っていたそうです。どうやら異国の歌らしいのですが、それは見事なものだったとか」
「へぇ」
「それはちょっと聴いてみたいかな」
「………………」
『………………』
「録音の複製を貰えるよう頼んでおきましょう。実は自分も気になっていましたから」
「楽しみですわね」
「………………」
『………………』
「それはそれとして、行方不明の子供とその『声楽家』がどう繋がるのかな?」
「あぁはい。当初は卒業発表の練習だろうと思われていて、興味はあれど騒ぎにはなっていなかったとか。温和しく卒業発表を待っていたようですが、今日に至るもそれらしい演奏が無い。これはおかしいという事になって、探し始めた者がいたとか」
「あぁ、それで……」
「空き教室なんかを虱潰しに見て廻った、と」
「……その『声楽家』とやらを探そうって話が、どうしたら教室の虱潰しになるんだよ?」
「いや、特に当てというのは無かったようだぞ? ただ、虱潰し以外の手立てが思い付かなかったようだ」
傍迷惑な話だぜ……
「まぁ、丁度好い名目だというんで、『謎の声楽家』の話が大々的に広まっているようですが」
……よし。そのガキ見つけたら、尻っぺたが真っ赤になるまで引っ叩いてやる。
「それで、いなくなったという子供の素性は判ってるの?」
「はい。リーベック男爵家の三男で、エドウィンという子供だとか」
「ふぅん、エドウィン・リーベックね」
エドウィン・リーベック……? エドウィン……? エド……?
あ……あ? あぁ~~~~っ!?
これってまさか、「大エド捜索網」のゲリライベントか!?