第六十七章 卒業祭~中日~ 7.学園対決! 偶然と必然の審判(その1)
~Side ネモ~
コンラートのやつに案内されてやって来た中等部の一室が、「卓上遊戯研究会」の部室ってやつらしい。森閑としていたから閑古鳥でも鳴いてんのかと思ったが、入ってみると結構な人数が屯していた。そいつらが全員、幾つかの机を黙って取り巻いているんだが……
「あれが対局の現場という事かな?」
「そのようです」
入口に固まっていても邪魔だろうってんで部室内に入り、その〝対局〟ってやつをチラ見したんだが……もうその場で即座に廻れ右したくなったわ。
……何で、ジョーカーキャラのシャロン・ハーシェルが、ここにいるんだよ!?
あんた初等部の二年生で、クラブ活動は不許可の筈だろうが!?
「あぁいや、そこは少し誤解があるな。正式な入部ができないというだけで、〝見学〟する事までは禁じられていないんだ」
「マジかよ……」
そう言えば……その辺りの規制は緩いとか聞いたような気も……中等部に進学するつもりは無かったから聞き流してたわ。
『ゆだんたいてきだねー マスター』
うん、そうなんだが……もう少し俺に優しくしてくれてもいいんだぞ、ヴィク?
『わかったー』
うんうん、ヴィクは良い子だな。
それはともかくとして……あの不発弾みたいなシャロン・ハーシェルと関わり合いになるなんざ真っ平だ。ここは密かに、かつ速やかに撤退するのが最善手。身を屈めて逃亡しようとしたところで――不発弾がこちらを振り向いて微笑んだ。……ちくせう、逃げ遅れた。
シャロンはジュリアンたちの姿を認めたものの、対戦相手の集中を乱すのをよしとはしなかったようで、軽く目礼するに留めた。他所でなら無礼を咎められかねん振る舞いだが、学園内では〝生徒は身分に拘わらず平等〟って建前になってるからな。コンラートも咎める素振りは見せなかった。……その際に、はっきりと俺にも目礼を寄越してくれたがな。俺も会釈を返すしか無いじゃねぇか。クソ。
気を取り直してシャロン……先輩の対局を見れば、どうもプレイしてるのは地雷チェスらしい。まぁ、こっちで「地雷」なんて言っても通じねぇから、コンラートには「トラップチェット」と説明しておいたが。
こいつは「地雷」の位置を隠し通したり誤認させたりして、相手をその位置に引き込むのが肝になる。その位置に停まるだけじゃなくて通過するだけでも爆発するから、ルーク・ビショップ・クイーンみたいな大駒を嵌め殺すのには打って付けだ。それを警戒するとなると、どうしても大駒の動きが鈍くなる。如何に相手を罠に誘い込むかかが腕の見せどころなんだが……先輩、そういうペテンは得意みたいだな。目の前で敵のクイーンが爆死したわ。これで勝負は決まったな。
ざっと見渡したところじゃ、他の対局でも騎士学園のやつらが惨敗してるみたいだ。コンラートのやつも嘸かし溜飲が下がっただろう。
獲った敵駒を自軍の駒とする持ち駒ルールに難色を示したやつもいたが、
「ほほぉ……つまり騎士学園としては、講和も降伏も許さない、敵対者は皆殺しというのを推奨していると?」
――と言ってやったら口を噤んだ。〝自軍敵軍ともに増援を想定しないのは、戦術論として見た場合に不自然だ〟という指摘も効いたのかもな。
まぁ、コンラートがゲームを「遊研」に丸投げしてから大した日数は経ってないんだが……初心者同士の戦いとなると、一日だけでも長があった方が有利だからな。妥当な結果ってとこだろう。
だが……チェットの対戦成績を根拠に〝戦術能力の優秀性〟を主張していたやつらにとっちゃ、目を覆いたくなるような結果だろう。
競技として理想化されたチェットよりも、より実戦に即したルールに基づく(?)変則チェットや軍人将棋で惨敗を喫したわけだからな。
偶然に左右される要素を持ち込んだとも言えるが、そのルールで騎士学園が雁首並べて討ち死にってのは、「偶然」以外の敗因があるって事だろう。
これまでチェットで勝利を重ねてきた事実は揺るがないが、それは飽くまで〝チェットの巧拙〟によるもので、やつらが声高に標榜していた〝戦術能力の優秀性〟によるものではないと露見したわけだ。ざまぁ。
俺――多分コンラートも――が内心で快哉を叫んでいたら、対戦相手を片付けた先輩が、ジュリアンに挨拶にやって来た。いや、それだけなら別に構わないんだが……おぃ先輩、俺の事を〝新作ゲームの提案者〟だなんて抜かすたぁどういう料簡だ? 見ろ、凹んでた騎士学園の連中が、揃って俺に敵意を向けてるじゃねぇか。
……なのに、本人に悪気は無ぇみたいなのが腹立たしいな。アスランのやつは〝ナチュラルに腹黒〟なんだが、こっちはこっちで〝ナチュラルに無神経〟って感じだ。巧まざるして周りの人間の神経を――絶妙に微かに――逆撫でる……最早ほとんど芸術の域だな。
だから……それに煽られたお馬鹿どもが、こんな事を言い出すわけだ。
「――騎士学園の名に懸けて、お前に決闘を申し込む!」




