第六十七章 卒業祭~中日~ 6.チェス型ゲーム新作攻勢(その2)
~Side ジュリアン~
コンラートの依頼を受けてネモ君が試作してきたのは、駒を裏返して種類を判らなくした状態でプレイするという、大胆不敵な変則チェットだった。駒の勝敗判定のために立会人を必要とするっていうから、少し大仰になるのが欠点かな。立会人を無くして、衝突時に駒を見せ合う遣り方もあるそうだけど、それだと駒の情報が露見して面白くないと言っていた。僕も試しに遣らせてもらったけど、そっちは確かに初心者向きかもしれないな。
駒をどれだけ取ったかよりも、相手の強力な駒の位置を見破るのが勝敗の肝になるそうなんだけど……完全に覆面状態になってるから、時々自駒の動きを間違える事があるそうだ。立会人から注意されて直す事になるけど、相手に駒の情報を与える事になる。……メモ無しだと僕も自信が無いな。
ネモ君に訊ねてみたんだけど、正式な名前は憶えてないと言っていた。ただ、少なくともこの国では初の御目見得になるらしい。コンラートに言わせると、〝こういった新しいゲームは、最初に王家に献上するのが通例になっている。人気のあるゲームの場合は、献上先の王族の名を冠して呼ばれる事も多い〟――らしい。
ゲームある限り、その王族の名も忘れられる事は無いと言うんだけど、
「ほぉ。すると何だな。こいつに嵌まって身を持ち崩すやつが現れたら、『ジュリアン』に現を抜かして落ちぶれた――って言われるわけだな」
「「………………」」
……それは非常に不本意だ。そもそも、身を持ち崩すまでのめり込むようなゲームというのが拙い気もするけど……だからと言って〝ジュリアン(ゲーム)はつまらない〟……なんて言われるのも嫌だなぁ。……弟や妹に円らな瞳で〝あにうえのゲームはつまらない〟なんて言われたら、立ち直れなくなりそうだし。……ローランド兄上なら、大喜びで繰り返しそうだな。
……うん、ゲームに人名を付ける風習は、改めた方が良いかもしれない。帰ったら父上に相談してみよう。
とりあえずこのゲームについては、暫定的に覆面チェットって呼ぶ事にした。
ただ……一つだけじゃ不安だろうからって、既存のチェットの変則タイプを五つも提案してくれたのには、僕らも開いた口が塞がらなかった。いやまぁ、どれもこれも面白そうではあるんだけど。
コンラートも暫く悩んでいたけど、取り敢えず全部を「卓上遊戯研究会」に預けて検討させるように計らった。要は丸投げしたわけだけど、昔から〝粉は粉屋に挽かせろ〟って云うしね。専門家の意見を尊重した方が良いに決まってるよ、うん。
中等部の先輩たちを扱き使うようで気が引けるけど、〝王家への献上品という以上、仮令それがゲームであろうとも、王家に相応しいか否かを審査するのは当然〟と言われてしまえば、先輩方も否やは無かったみたいだ。……いや、それ以前に、新奇なゲームを誰より早くプレイできるというのに目が眩んでいたような気もするけど。
ともあれ――そんなこんなで迎えた卒業祭の二日目。
今日は中等部の「卓上遊戯研究会」で、ネモ君発案の「変則チェット」が公開される事になっている。態々この日を選んだのには……
「何か思惑がありそうだな?」
疑いの目線で訊いてくるネモ君に対してコンラートは肩を竦めて、
「思惑というほど大層なものでもないな。ただ……例年『研究会』の発表には、騎士学園の連中がやって来ては、不愉快な真似をしてくれるのでね」
「なぁる……ちょいとやり返してやろうってんだな?」
チェットの腕自慢にチェット以外のゲームで勝っても、それで優劣が決まるわけじゃないと思うんだけど、ネモ君に言わせると違うらしい。
「下手に優劣なんぞ決めちまったら、騎士学園の連中も収まりが付かんだろうが」
――というのがネモ君の意見だった。……言われてみれば、そんな気もする。
とすると、旧来のチェットにおける優位性について論う事はせずに、新規公開の「変則チェット」で勝負に出るという事か。
……コンラートが以前から言ってたな。〝彼我に戦力差が無く敵陣の様子も判明しているなどという非現実的な……と言うか、極端に単純化した「ゲーム」の勝敗を、戦略的・戦術的能力の優劣に置き換えて論じるなど笑止千万〟だって。
その文脈で言うと今回の「変則チェット」は、敵兵力の配置が不明だとか、戦場が不均一だとか、途中で戦力の追加が可能だとか……旧来のチェットよりは現実に即した状況下でのプレイになる。これで一矢報いる事ができれば、騎士学園の自慢の鼻を折ってやれる。
その上で、〝従来のチェットでは負けていない〟という逃げ場も与えるわけかぁ……
ネモ君がどこまで考えているのかは解らないけど、策としてはかなり周到だと言えるんじゃないかな。
「ま、騎士学園の連中が本当に優秀で、新作のチェットでも歯が立たない――って可能性もあるわけだが」
……うん、先輩方の奮闘を期待しておこうかな。




