第六十七章 卒業祭~中日~ 3.卒業研究所感(その1)
~Side ネモ~
いやぁ……思いの外に面白かったわ卒業発表!
お堅い研究ばかりが並んでんのかと思ってたが、個性的な研究ってやつも結構あった。
例えば魔道具科の発表に、「運針の間隔や規則性がもたらす付与後の効果の違い」――ってのがあって、これが結構面白かった。
要するに、縫い目がアレだと魔力場の展開がスムーズにいかず、付与が正しく機能しない事があるっていうんだが……女子はともかく、男子は微妙そうな顔のやつらが多かった――ジュリアンとかコンラートとかな。エルが余裕そうだったのは、遊牧民として技術を身に着けているからだろう。アスランはエルから手解きを受けたんだろうな。
「保健室の利用状況と傷病例数」――って発表も傑作だったな。
〝雨の日は滑って転んで怪我をする者が多くなる〟として、転倒が発生し易い場所というのを、ちゃんと事例数を挙げた上で指摘してあったのは上出来だろう。学園側にとっても有益な情報だろうしな。
だが、それ以上に傑作だったのが、食堂のメニューと負傷者数の関係だ。……まさか、〝人気かつ数量限定のメニューがある日は、多数の生徒が食堂に急ぐため事故が起き易い〟――なんて、エビデンスを示されるまで思ってもみなかったぜ。コンラートのやつも複雑な表情だったしな。
何より面白かったのは、これが社会学講座の卒業研究だったって事だ。いやまぁ、〝閉鎖環境である学園を、社会の縮図として取り扱った〟――って言われりゃ、納得するしか無いんだが。確かに交通事故の発生分布とかなら、社会学が扱う対象としてもおかしくはないんだよな。
生徒の研究に対する自由度とか……こういった講座の雰囲気みたいなもんは、なるほど、実際に見ないと解らんな。ジュリアンたちが気にする筈だ。
一方でお嬢が一押しだったのは、「野菜食が美容や健康に及ぼす効果」――って発表だった。……これ、以前に司厨員さんに入れ知恵した内容だよな?
お嬢だけでなく、女性の聴講者が多かった……と言うか、ほとんどが女性だったんじゃねぇか? まぁ、パートナーに付き合わされたらしき来賓の方々も一部いらっしゃったが。質疑応答も熱の入ったもんだった。今回の発表会で随一だったんじゃねぇかな。
他にも、「経済性と味覚を考慮したお茶の淹れ方」とか「バタ付きトーストを落とした場合の悲劇的結末の生起率」とか、「股覗き錯視」に関する研究とか……思っていたより破天荒な発表もあったし、楽しめなかったとは言えんだろうな。
……終い方に連れて行かれた発表が、「固豆の取引量の変化とそれが示した兵站計画の脆弱性」――っていうのでなければな!
「いや、別にネモ君に嫌がらせをするつもりは無かったんだけどね」
ジュリアンのやつは苦笑いしながらそう言うが……ジュリアンとエルはともかく、コンラートとお嬢は怪しいな。アスランは……面白がって乗ったって線は捨てきれんか。
そんな事を考えていると、
「ネモ、少しは己が所業を自覚したらどうだ。不本意も何も、固豆の件で王国の商取引を混乱に陥れたのはお前だろうが」
――なんて、コンラートの馬鹿が無体ないちゃもんを付けてきやがったから、俺は当然反論した。
「おぃマヴェル、筋の通らねぇ言い掛かりも大概にしとけよ。確かに固豆を食べる工夫を教えたのは俺だが、商取引が混乱したのは、狡っ辛い商人どもが買い占めに走ったからで、それを止められなかったのは王国商務部の不手際だろうが。俺が平民だからって、国の不始末の責任を押し付けようってのか?」
「い、いや……そんなつもりでは……」
「それとも何か? 賤しい平民の分際で、これまで無かった料理法を広めるのは罷り成らんとでも言うつもりか? だったらお望みどおり――」
今後一切、料理については公開も協力もしないと言ってやったら、揃って顔色を変えやがった。
「お鎮まり下さいなネモさん。マヴェル様もそこまでの事はおっしゃっていませんわ。ただ――ネモさんにはもう少し、ご自分の影響力というものを考えて戴きたいものですわ」
「俺の影響力……?」




