第六十七章 卒業祭~中日~ 2.The Moment Before(その2)
~Side ネモ~
胡散臭さが紛々の笑顔で、アスランのやつがそんな事を言い出したもんだから、俺が警戒レベルを一段階上げたのも当然だろう。
「……どこに付き合えってんだ?」
「やだなぁ。そんな面倒な事を頼むつもりは無いよ?」
アスランの言うのは、自分たちは中等部の成果発表を見てみたいから、それに付き合えというものだった。まぁ、それくらいなら構わんが……単なる暇潰しってわけでもなさそうだな? 初等部二年に上がろうかっていう段階で、中等部の卒業研究にそこまで執着する理由は何なんだ?
つい先日、お嬢が氷結魔法で一皮剥けたのを見たせいで、気合いを入れ直したのかとも思ったが、アスランの、そしてジュリアンたちの答えはそれとは少し違っていた。
「はぁ……貴族家としての専攻分野ねぇ……」
アスランの言うところに拠ると、こいつらには魔術師として専攻する分野――火魔法とか水魔法とかな――以外に、貴族家として専攻すべき分野があるらしい。要するに各貴族の得意分野って事だ。
「と言うか、本来はそちらの教育だけで済む筈だったのが、新たに魔術師としての専攻が増えた形なわけだね」
「ですけれど、勿論実家の専攻を蔑ろにするわけにはいかないのですわ」
本来ならその辺りは実家で教育される筈だったのが、寮生活のせいでそれも儘ならないって事らしい。――てか、王侯貴族ってのは平民より早めに属性適性を鑑定されるんじゃなかったのか? その時点で対策を採るもんだろうが。
「そんな泥縄でどうこうできるほど、貴族家の教育は甘いもんじゃないんだ……」
「お、おぉ……そうなのか……」
コンラートのやつが虚ろな目をして呟くところをみると、相当な詰め込み教育をされたみたいだな。……なのにそれでも追い付かない……あー……そういう事か。
「そう言やお前らは初等部卒業後も、最低で中等部まで進むんだっけか」
その間ずっと寮生活ってんじゃ、後れを取り戻すのは至難の業だろうな。その分をできる範囲でリカバリーしたいとなると、こいつらが目の色変えるのも納得だわ。できなきゃ詰め込み教育が待ってるわけだからな。
「つまりはそういう事だ……」
「特に魔導学園は魔術系の受業に力を入れている分、社会学系の講義はあまり掘り下げないからね」
「あー……お前らの立場じゃ、寧ろそっちが必要なのか」
確かに王族・貴族としては、戦略論・社会学・政治学なんかの嗜みは必要だろう。なのに授業じゃ軽くしか触れないってんだから、個別に教師に教えを請うしか無いわけだ。そういう事情なら、講座の特色を知りたいってのも納得だが、
「それくらい入学案内にも書いてるんじゃねぇのか?」
……俺は読んでないけどな。
だが、そう言った俺の言葉に(態とらしい)溜息を吐いて、お嬢が話の続きを引き取った。
「ネモさんが入学案内に目を通していないのが、とても能く判る発言ですわね」
「ネモ、入学案内の講座説明など、ほんの一行か二行でしかない。講座の現状を知る手懸かりにはならん」
「お、おぉ……そうか」
エルのやつはアスランの護衛絡みとなると真面目だからな。入学案内ぐらい目を通しているか。俺はゲームの知識があるからって高を括ってたのは、ちと拙かったか。
「紙切れ一枚ぐらい、目を通しておけ」
「だが、その紙切れ一枚に書いてある内容じゃ、何の役にも立たなかったんだろうが」
「……そうだな」
――ほらみろ。
「紙面の制約もあるんだけど、あの紹介文って更新されてないものも多くてさ」
「以前の内容をそのまま流用しているケースが多いんだ。しかしその一方で、各講座が力を入れている内容は、その時々で変わるからな。実情には微妙に即していない」
あー……解るような気もするな。前世でもちょくちょく聞いた話だ。身分証の写真に若い頃のをそのまま使ってたせいで、不携帯とか成り済ましを疑われた……なんてな。
「そういう事情で、僕らは卒業発表を見て廻りたいんだけど」
「ネモ君がよければ同行してもらえないかな」
「ネモが進学の事を考えているのなら、判断の材料は多い方が良いと思うぞ」
――とまぁこういった事情で、俺は班員どもと合流して、卒研を見て廻る事になったってわけだ。