第六十六章 卒業祭~初日~ 1.消された(自由)時間
~Side ネモ~
無駄に面倒なスケート勝負にけりを付けたのが五日前の光の日、日本風に言えば日曜日の事だった。
終わった後になって〝遣り過ぎ〟だとか何とか、コンラートのやつがイチャモンを付けて来やがったが、勝負に参加しなかったやつに文句を言う筋合いは無い、何だったら今からでも騎士学園にカチコミを入れて、最終決着を付けてくるぞと言って黙らせた。こっちはネイトさんにまで態々のご足労を願って、軟着陸の筋道を付けてやったんだからな。後はお前らでケツ拭いてこいってんだ。
その後、騎士学園と魔導学園で全面戦争になったりもしてないから、コンラートの馬鹿――と、飼い主のジュリアン――がどうにか丸く収めたんだろう。
ともあれ、そんな面倒から五日経った今日は、魔導学園の卒業式だ。正確に言えば今日を含めて三日間が卒業祭で、初日は式典に当てられている。式典は前世の卒業式と同じようなもんだ。
俺たち一年生には無関係だろうし、参加する必要も無いんじゃないかと期待してたんだが、残念ながらそう上手くはいかないらしい。在校生として卒業生を送る義務があるんだとよ。一面識も無いってのは、不参加の理由にゃならんそうだ。面倒臭ぇ。
ま、これも浮世の柵ってもんかと、諦めて出席したんだが……終わった後は自由行動ってのは有り難かったし、班員どもと別行動ってのは更に喜ばしかった。
とは言え、他の班員はどうすんのかと訊いてみたら……
「はぁ? 王家の代表として来賓の応対?」
本来なら王家や公爵家から、当主なりその代理なりが出席するんだが……幸いにジュリアンやお嬢が在学してるってんで、来賓の役どころを任されたらしい。
在校生に来賓の代理を押し付けるなんざ世も末だと思っていたら、警備上の問題から已むを得ない部分もあるんだと、コンラートのやつから釈明が入った。……まぁ、王家の者が王宮から学園に移動するってだけで、警備だの何だの面倒な事になりそうだしな。既に目的地に関係者がいるんなら、そっちに任せようって話になるのも責められんか。
だったらアスランはどうなんだと思っていたら、こっちは隔離とか保護の意味合いが強いらしい。まぁ、身分を隠して亡命中の隣国の王子だってぇからなぁ。ややこしい場には出られんか。危険を避けるという意味の他に、余計な詮索をするやつらから隔離するって意味もありそうだな。
「この国に面倒をかけるのは、申し訳ないと思うんだけどね……」
そう言って苦笑するアスランの顔には、不本意という色がありありと浮かんでいた。こいつも面倒な立場だよな。
……そう言や、俺にもギルドから護衛任務の打診があったな。冗談だと思って一蹴したんだが……ひょっとしてありゃマジな話だったのか?
まぁ……だとしても断る一択だけどな。唯でさえ学園からは目立つなって言われてるんだ。この上セレブの護衛なんて引き受けたら、目立つどころじゃ収まらんわ。
まぁ、とにかくアレだ。今日は久々にフリーで動けるってわけだな!
「……本当は、ネモさんを野放しにするというのは不安なのですけど……」
お嬢がそう言うと、なぜか他のやつらまで大きく頷いた。心外だ。
『ヴィクさん、確りとネモさんのお目付をお願いしますわね?』
『わかったー』
おぃコラお嬢、従魔に主人の監視を頼むってのはおかしいだろうが。ヴィクもお嬢の甘言に乗るんじゃない。
大体、俺がやらかすのが前提になってるのがおかしいだろうが。――何、前科だ? 俺の経歴は真っ白に綺麗なもんだろうが。
「どの口で言うんだろうね……」
「まぁまぁ、ネモ君もさすがにこの状況で、不用意な真似はしないと思うよ?」
……ジュリアンの台詞にゃ言いたいところもあるが、それよりも――
「おぃリンドローム。妙に思わせ振りな口を利くじゃねぇか。〝この状況〟ってのはどういう意味だ?」
「あれ? ネモ君は気付かなかった? 来賓の方々の警備のために、出入りのチェックが厳しくなっているよね?」
「……そうだったか?」
コンラートのやつに目で確かめてみたら、そのとおりだという答えが返って来た。
いや、幾らチェックが厳重になったところで、俺に疚しいところは無いんだが……チェックのために並んでいると……
「ネモさんの言う〝面倒な相手〟に話しかけられる可能性は高くなりますわね」
「マジかよ……」
「まぁ、もう少し待っていれば人数も減って、検問自体もスムーズに進むと思うけど」
「それまでは学園内に閉じ込められる事になるな」
「つまり、何かやらかした場合の逃げ場が無くなるという事だ」
コンラートとエルの端的な要約に、俺は頭を抱えたくなった。他の生徒は寮住まいだから問題無いだろうが、外住まいの俺には大問題だ。
「寮住まいの誰かに匿ってもらうという手はあるけど……」
「俺の都合でそんな面倒をかけるわけにゃいかん」
はぁ……少しの間温和しく学園内に隠れとくしか無ぇか。




