幕 間 氷結魔法誕生秘話
~Side ドルシラ~
新たな手札である氷結魔法のお披露目は恙無く、そして騒ぎになる事も無く粛々と済ませる事ができました。多分ですけど、ネモさん以外には気付かれなかったのではないでしょうか。
思えば氷結魔法を身に着ける事ができたのも、ネモさんの荒唐無稽な――少なくとも、最初に聞いた時には荒唐無稽としか思えなかった――ご教示に拠るものでした。火魔法を訓練する事によって氷結の魔法を得るだなんて、一般人の感性では思い付きもしませんわよね?
ですが――ネモさんの指摘はそれなりに筋の通ったもののように思えました。
〝今までは炎を生み出し維持する事だけ考えて、熱を奪われて冷えた空気の事なんか気にも留めず、散るままにしてたんだろ? 今度はそれと逆になるわけだ〟
……そう言われてしまえば私の――いえ、今までの火魔法術者は悉く、視野が狭かったと結論せざるを得ません。思うに、魔力だけに目を向けていて、「熱」という現象について真摯に調べようとしなかったのが原因でしょう。
……単に魔術だけでは分け入る事のできない深みというのがあるのだと、改めて教えられたような気がします。
お祖父様は、この技術については当家の秘伝とすべきだ……なんておっしゃってましたけど、〝当家の秘伝〟も何も、これはネモさんからご教示戴いた技術ですもの。私の一存でどうこうできるものではありませんわ。学園の先生方との折衝も必要になるでしょうし。……まぁ、当面は妄りに触れ廻らないよう、ネモさんにお願いするくらいは必要でしょうね。
それに……教えたからと言って、そう簡単に身に着ける事ができるとも思えません。私も大変に苦労させられましたもの。
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ネモさんの言うとおり、熱を奪って温度を下げる事ができるのなら、最初から熱気の代わりに冷気を生み出す事もできる理屈です。冷気を生むというより、熱を奪い取る感じですかしら。
ですが――そのためにはまず空気の温度というものを、それも火魔法のスキルによって感じ取る必要がありました。そしてそのためには、温かい空気と冷たい空気が併存する場所で、その較差という形を認識するのが早道だったのです。……ネモさんは「熱勾配」とおっしゃっていましたけど。
熱の勾配を把握できたとしても、それで話が終わったわけではありません。寧ろそこからが始まりなのです。
熱の勾配を生み出し維持している魔力の流れを認識して、その魔力に干渉し操る事で、勾配を自在に変化させる。然る後に、魔力の流れを逆転させて冷気を生み出す……
口にするのは簡単ですが、それを実現させるのは途轍も無い難事でした。途中で挫折しなかったのは、【魔力操作】による熱への干渉が実際に可能であったからに他なりません。中間目標が達成できたのなら、最終目標も達成可能だろう――そういう気になりますわよね?
【魔力操作】のスキルは一応持っていたのですけれど、つい威力の増強に気が向いてしまい、精密なコントロールは蔑ろ……というほどではないにせよ、後廻しにしていました。小細工無しの火力こそ王道――という発想が無かったとは言いません。
……単純に火魔法での攻撃という点に絞ると、小さな火球を連発するより大火球の一撃でけりをつける方が早いというのはありますけれど……何を言っても弁解にしかなりませんわね。ネモさんの言う「脳筋」の誹りは、甘んじて受けなければならないでしょう。
ともあれ、ネモさんの示した氷結魔法に至るには、まず【魔力操作】の技倆を高める必要がありました。そしてそのための訓練法は、既にネモさんからご教示を戴いていました。……えぇ、特別課外活動――略して「特活」と言うそうです――の時に教わった方法です。
〝極力小さな灯りを点して、光量を変えずにそれを維持する。少し上達して、光を二つ出せるようになったら、今度は二つの光量を同じ程度に維持するとか、或いは片方の灯りをもう片方の二倍の明るさに維持する〟――という。
私の場合は、【生活魔法】の【点灯】よりも【火魔法】の習熟度が高いので、小さな火球を生み出しての訓練となりました。
最初はそれすらも難しかったのですけれど、「特活」の時に先輩方から教わった〝お湯の沸き具合を目で確認して出力を調節してやる〟という方法で、何とか熟す事ができました。【魔力操作】のレベルも目に見えて上がったので、意欲も益々高まりましたし。
そうやって火球の熱量を一定に保つ事ができるようになると、熱の流れというものを捉え易くなりました。――それを生み出した魔力の流れというものも。
そこから先は、思っていたよりスムーズに進みましたわね。……いえ、簡単だったと言う気は露ほどもありませんけれど。全てを手探りで進めて行くのに較べれば、気分的には楽だったというだけです。
何しろ……氷結の魔法を得たと舞い上がっていましたら、ネモさんから容赦の無い注文が入ったのです。……氷が滑り易くなる温度は氷点下七度くらいだそうで、氷表面をその温度に保てという。
ネモさんに言わせると、〝果汁は凍るがエールは凍らないくらいの温度〟なのだそうですが……凍る温度に違いがあるなんて、私は存じませんでした……
いえ……そもそも氷結魔法を修得した目的が、氷滑りの競争にあるのですから、その役に立たないのなら意味は無いというのは事実なんですけど……
ネモさんは何もおっしゃいませんけど、残念そうな目で眺められるのは堪えるものがあります。なので、もぅ本当に死に物狂いに修練を重ねて、何とか課題をクリアー致しました。……あれに較べると、学年末試験など温いものでしたわね。
そして……本番のレースではネモさんが颯爽と滑ってらっしゃいましたけど……ネモさん貴方、カルベインさん仕込みの風魔法に加えて、氷結魔法をも使っていらっしゃいましたわよね?
一応、私の方からコツみたいなものはお伝えしましたけど……それだけで氷結魔法を修得なさったんですの?
それとも――以前から修得なさっておいででしたの?