第六十五章 学園対決! 白銀の疾走~団体戦の決闘~ 6.憤懣(ふんまん)喝破せよ
~Side ジュリアン~
「おめでとうネモ君。儂の立場で言っていいものかどうか解らんが、終始文句の付けどころの無い勝負じゃったね」
――レクター侯爵。軍務系の大物貴族で、ネモ君とも誼が深いと聞いているが……確かに立場上、ネモ君を祝福していいのかどうかは微妙なところだ。尤も、だからと言って苦言を口にするようでは、侯爵も先が無いという事になるが。
「おめでとうネモ! みんな凄い速かった!」
「お、ありがとなミリー。けどまぁ、今回は工夫の勝利ってとこだけどな」
「工夫?」
「ふむ? ……策が巧く嵌ったという事かね?」
「そういう事ですね。体力上等の騎士学園に、素の体力で勝ちの目は見えませんでしたから。色々と小細工させてもらいましたよ」
……アレを小細工と言い切っていいのかな? ……だけど、妙に会話が能く聞こえるな? ネモ君のところからここまでは、少々距離があるんだけど。
「……どうやらネモ君が風魔法を使って、声を届けているみたいだね」
「風魔法?」
「うん。……あ、カルベイン君も風魔法を使い出した。理由は解らないなりに、とりあえずネモ君に追随しようという感じだね」
〝ネモ君の意図は能く解らないけど、僕も一口乗っておこうかな〟――と言って、アスラン殿も会話の拡散に参加した。気付かれないように風魔法を使うのは中々難しいそうだから、僕もコンラートに目配せしておく。コンラートも風魔法は使えるから、皆でやれば観衆全員に声を届ける事もできるだろう。
けど……ネモ君は一体何を目論んでいるんだろう。
……そう訝っていたけど、会話が進むにつれてその意図が見えてきた。
「ほぉ……なるほどのぉ。そういう工夫があったのかね」
「えぇ。お堅い騎士学園の事だから、下々の遊びの工夫にまでは目配りしてないだろうと踏んでたんですが、見事に図に当たった感じですね」
「ネモ、あたしにもできるかな? あれ」
「お、興味があるんなら渡しとくぞ、シューズ」
ネモ君はそう言うと、【収納】から一足の滑り靴を取り出した。明らかに小さいところを見ると、ミリエット嬢用に用意していたものだろう。
「母方の祖父さんが送って寄越した試作品ですけどね。ミリーの分も用意してあったんで」
「わ♪ ありがと、ネモ」
「済まんのぉ。……試作品というと?」
「あー……こりゃ、北国じゃ結構広まってるタイプの靴なんですよ」
ネモ君はそう言うと、少し離れた場所で事の成り行きを見守っていた二人を差し招いた。見届け人としてやって来たという冒険者ギルドの職員と、冬季野外実習で知り合ったギドという名の冒険者、「大陸七剣」の一剣だ。
……うん、それはいいんだけど、ギド氏が掛けているのって……
「……ネモが渡していた『サングラス』ですね」
「雪の照り返しを軽減してくれるそうだけど……」
うん……似合ってはいるんだと思う。だけど「サングラス」って……あそこまで迫力が出るものなんだ……
「目付きで人を威圧するネモもアレですが、サングラスで目付きを隠すと……」
「あれはあれで、別方向に迫力が増すよね」
「表情と人相を隠すには向いているかもしれません」
エルメイン君は変装という方向での利点を指摘したけど……その反面で、悪目立ちをして記憶に残るような気がするなぁ……
「審判とが要らんかっだでよ」
「ケチの付けようの無ぇ勝負だったよな。一応、おめでとさんと言っとくぜ」
ネモ君はやって来た二人を侯爵とミリエット嬢に引き合わせると、今回のレースに投入した滑り靴は、ギド氏から伝えられたものであると侯爵に伝えた。北国では割と普及しているタイプであると。
「ネモんそれは、我がだちのに更に手ぇさ加えであっけどな」
「ふむ……改良型であるというわけか」
滑る時の姿勢やなんかも、北国での遣り方にネモ君なりの工夫を加えたものらしい。つまり、今回の騎士学園の敗因は――
「遊びだからという理由で、技術の革新と装備の更新を怠った……そこまではまぁ許容範囲なんですが……」
「許容範囲なのかね?」
「騎士学園の本分じゃありませんからね。問題は、その本分でない領域で、何の工夫も無しに勝負を挑んだ点ですよ」
……なるほど。今回のレースは飽くまで騎士学園の本分でない領域だと、そう観衆に周知させるのがネモ君の狙いか。その上で、騎士学園生徒の驕りと油断を指摘して、魔導学園の先進性を強調する。それでも燻るだろう騎士学園関係者の憤懣には、レクター侯爵の名を以て対処するという事か……
「滑り靴はきちんとミリエット嬢に合ったようだね。多分だけど、サイズ調整の付与がかかっているんだろう」
つまり……ネモ君の祖父という人物も、最初からミリエット嬢への献上を視野に入れていたわけか。
「ミリエット嬢が喜んで滑っているのを見せられては、騎士学園の連中も不満は口にしづらいでしょう」
「レクター侯爵がミリエット嬢を伴ってこの場へ来ているのも、恐らくはネモ君の采配だろうね」
うん……ネモ君も、そしてネモ君の祖父という人物も、どうやら中々の策士みたいだね。