第七章 初めての武闘会 7.冒険者ギルドにて
~Side 新参冒険者~
初めて出場した大武闘会だったんだが、運好く初戦を突破する事ができた。さすがに地方予選とは一味違ったが、これならいけるという手応えも掴んだ。
さすがに初参加で優勝なんて馬鹿な夢を見るつもりは無いが、そこそこの成績は残せるんじゃないかと思う。そうすれば冒険者としての俺の評価にも関わってくるし、Cクラス……いや、Bクラス昇格だって夢じゃない。
そんな事を考えながら冒険者ギルドの扉を潜ったら、中にいたやつに肩がぶつかった。俺がよそ見をしていたせいもあるんだろうが、その時の俺は初戦を突破できた事で気が大きくなっていた。
「気を付けろ! どこに目ん玉くっ付けてやがんだ!」
そう言ったら、そいつがゆっくりと振り向いた。前髪で目は隠れていたが、思ったよりも幼い顔立ち……そこまで見て取るのが精々だった。
次の瞬間――俺は全身の血液が凍り付くような恐怖に襲われていた。
ふと気が付いたら目の前にディオニクスがいた時のような……もしくは、ふと振り返ったら後ろにインビジブルマンティスが迫っていた時のような……いや、そんな時でもあれほどの恐怖に襲われるかどうかは判らねぇ。……そんな圧倒的な恐怖に囚われていた。
どんだけ長い時間そうしていたのか解らねぇが、多分、ごく短い時間だったんだろう。……けど、俺にとっては丸一日にも一ヵ月にも思える時間だった。
「……大丈夫ですか?」
そう言って、そいつは俺に手を差し伸べてきた。
――いつの間にか、俺は床にへたり込んでいたらしい。
……後で確かめたら、幸い漏らすのだけは回避できていた。
誘われるままに手を掴んだが、想像以上の力で握られて悲鳴を上げそうになった。
「失礼しました。自分はこの冒険者ギルドで受付を務めております。自分の不注意からご不快の念を与えてしまったようで、申し訳ありませんでした。どうかご寛恕戴ければ幸いです」
……言っている事の半分も解らなかったが、言いたい事は充分に解った。
王都の冒険者ギルドは、俺みたいなチンピラが偉そうに振る舞える場所じゃない。
初戦に勝てたのもマグレに違い無い。もう少し謙虚さを憶えろって親が繰り返し言ってたけど……今ならその意味が能く解る。
……俺、今後は粋がった真似はせず、自分の身の丈に合った行動をとるんだ……
********
~Side 古参冒険者~
毎年この時期は身の程知らずに粋がった若造が出てくるもんだが……今日のやつは飛び抜けてんな。前方不注意でぶつかった挙げ句、選りにも選って「ギルドの門番」とも「凶眼の断罪者」とも渾名されるネモに喧嘩を売りやがった。……今日の試合で、「鉄風」とか「嵐杖」、「暴虐の杖」なんて二つ名まで追加されたみてぇだが……
「あの馬鹿……裏の優勝決定戦と噂される一戦を見てねぇのか?」
「見たところ、武闘会の初戦で勝ったばかりで浮かれてる感じだ。武闘会に出てたんなら、道場対抗戦を見てねぇのも不思議じゃねぇだろう」
「俺たちゃそっちの方が興味あったから見たけどな……」
「あぁ……ネモの事を知らなきゃ、普通はエキシヴィジョンマッチなんざ見ねぇか……」
「剛剣アレンが出場する事も伏せられてたしな」
その、「大陸七剣」の一人と互角以上に渡り合ったネモに睨まれてるんだ。あの若造も生きた心地がしねぇだろうさ。
「いやぁ……まだ、睨まれてるっていうにゃほど遠いんじゃねぇか?」
「『フクロウの巣穴亭』での剣幕は凄かったからなぁ……」
「けど、それだけでもあの兄ちゃんにゃきつかったようだぜ? 腰抜かしちまいやがった」
「おぃ……漏らしたりしてねぇだろうな?」
「なぁに。万一漏らしてても、ネモが綺麗にしてくれるさ」
「あぁ……あの、〝自称〟【生活魔法】の【浄化】でな。……おっと、こいつぁ大っぴらには言えねぇんだっけな」
「呪いを解呪できるような【浄化】は、もう【生活魔法】じゃねぇよなぁ……」
********
~Side ネモ~
手強い兄ちゃんとのチャンバラ騒ぎの後は、しばらくイズメイル道場に匿ってもらった。道場主のイズメイルさんは、銀髪の似合うナイスミドルだった。なのにぎっくり腰って……
イズメイル師範は見に行けなかった事を悔やんでいたが、こればっかりは仕方ないと思う。腰は下手に悪化させると大変だからな。アレンの兄ちゃんもぎっくり腰をやった事があるとかで、師範と妙な話題で意気投合していた。
あぁ――煩いのを避けるために、アレンの兄ちゃんも俺たちと一緒に道場へ避難して来たんだ。試合が下らない終わり方をした事を頻りに詫びていたが、あれは兄ちゃんの責任じゃないだろうに。
アレンでいいって言われたから以後はそう呼ぶ事にするが、何でもアレンは有名人なんだそうだ。へぇーと感心していたら、主役組から総突っ込みを受けた。「大陸七剣」の名前ぐらい知っておけって言われても……「運命の騎士たち」の本編にも学園編にも登場しなかったんだぞ? 第一、そんなもん知ってたって、腹の足しにもならんだろうが。見ろ、当のアレンが頷いてるじゃねぇか。
その後はイズメイル師範とアレンを交えて、武器だの戦術だのの話で盛り上がった。……俺がどこでそんな知識を得たのかなど気にせずに、単純に技術論で盛り上がってくれたのは大人の配慮ってやつなんだろうか? ……そこまで気が回らなかっただけみたいな気もするが……
・・・・・・・・
夕方になってから、いつものように冒険者ギルドに出勤した。今晩はアレンが飯を奢ってくれるというから、少しだけ早引けにさせてもらう。
飯の事を考えていたのも良くなかったんだろう。扉を開けて入ってきた若い冒険者と肩がぶつかった。向こうが因縁を付けてきたので、軽く――スキルを使わない程度に――睨んでやった。少し気の毒な気はするが、冒険者ギルドが舐められても拙いからな。これでも俺は職員なんだし。
軽く睨んだだけでへたり込んだ――ちょっと凹むな――ので、手を差し伸べて引き起こしてやる。【眼力】で素早く鑑定したら、俺よりも筋力値が低かったので、少し強めに握っておいた。冒険者ギルドが不当に舐められないように、しっかりと格付けをしておかなきゃな。
夕食アレンの奢りだ。酒は――少なくとも表向きは――飲めないが、美味いものを食わせてやると言ってたし、今から楽しみだ。