第六十三章 冬送りの祭り 3.顛末@孤児院
~Side ドルシラ~
「ほーら、ほーら♪」
「わーっっ」
「きゃーっっ」
「お・止・め・な・さーい!」
……今、私たちの目の前で繰り広げられている惨事……いえ、「惨事」と言うには大袈裟かもしれませんが、少なくとも平穏ならざる光景を生み出したのはネモさん、正確にはネモさんが持ち込んだ〝故郷のお菓子〟です。
その元凶たるネモさんは、この光景を大笑いしながら見てますし、年配のシスターたちも苦笑しながら眺めていますけど。
……今、私たちの目の前では、腕白そうな男の子たちがネモさんのお菓子を手にして女の子たちを追い廻し……そんな男の子たちをアグネスさんが――乙女らしからぬ形相で――追いかけている……そんな光景が展開されています。
……えぇ、〝ネモさんのお菓子〟です。……魔女の指の形をした……
「……まぁ、確かに蛇とは無関係だったね……」
「蛇でない分だけ、一部の子供たちも見に寄って来て……そんな子供たちが面白がって、惨事を拡大した観もありますが……」
「現在進行形でその〝惨事〟が展開されているしねぇ……」
「また……ネモのアレは、無意味なまでに精巧に出来ていましたから……」
――そうなのです。
ネモさんがお持ちになった「焼き菓子」は、一見本物かと見紛うほどに、〝魔女の指〟を精巧に象ったものでした。……えぇ、色と言い形と言い。
爪の部分はアルマンを丸ごと使ってあって……もぅ、嫌になるほど迫真性を追究した作りになっていました。女の子たちが気味悪がって怯えたのも当然です。
「男の子たちには大受けだったようですがね」
「で――今現在の光景に至る、と」
「しかし……これは本当に良くできていますね」
「ネモ君……でしたっけ? これは、君の故郷では普通に流通しているものなのですかな?」
「あ、いえ……元々は自分が工夫したものですが、弟妹や近所の子供たちには大受けだったので、ここでもどうかな――と思って試作した次第なんですが……」
何事ならんと寄って来られた司教様や司祭様が訊ねていらっしゃいますが……やっぱりネモさんが黒幕でした。
ジュリアン殿下とアスラン様は苦笑いしておいでですし、エルさんは〝やっぱり〟といった表情ですけど……マヴェル様は蟀谷に青筋を立てていらっしゃいますわね。
ですけれど……司教様や司祭様は、寧ろ興味をお感じになったようです。
「ふむ。コンセプトはどういった?」
「えーと……うちの田舎じゃ『冬送りの祭』は、悪霊祓いみたいな扱いなんですが……〝消えて失せないと指を詰めるぞ〟――って脅かす感じですかね。……まぁ、母親からは〝他所ではあまり見せびらかすな〟と釘を刺されたんですが……これは材料費の事もあるんだと思っています」
「ふむ……王都の習わしとは少し違うが……これは実に良くできている」
「そうですな。……今年だけのものにしておくには些か惜しいですか」
「別に『冬送りの祭』で出すものと決める必要も無いわけですし」
「確かに。その方が収まりが良いかもしれん」
「ネモ君とやら、この焼き菓子の製法を教えてもらう事は?」
「あ、それは勿論構いません」
……危うく〝正気ですか!〟と叫ぶところでした。……どうやらマヴェル様も同じお気持ちでいらしたようです。
ですが……その次に続く台詞を聞いて、マヴェル様は頭を抱えていらっしゃいました。
「〝教会も何かしら、王都ならではの特色を打ち出す事が望ましい〟――と、上の方からお達しがありましたからな」
「湖水地方の風習と被るかもしれませんが、これならインパクトは万全でしょう」
「提案してみる価値はありますな、確かに」
「子供たちも喜んでいるようですし」
司教様たちのお言葉に、改めて子供たちの様子に目を――マヴェル様の視線はかなり虚ろなものでしたけど――凝らしてみると……逃げ惑っている筈の女の子たちの口元にも、うっすらと笑いが浮かんでいます。
……どうやら心配していたのは私たちだけで、当の子供たちは追い掛けっこを結構楽しんでいたみたいです。本気でベソをかいている子は、男の子たちもからかっていませんし。
「だから言ったろ? ガキなんてどこでもあんなもんだ」
……したり顔で言うネモさんが少し小憎らしくもありますけど、案外ネモさんの言う通りなのかもしれません。
ですけれど……
「にーちゃん、こん中でつよいのって、どれだ?」
「そうだな……『指』が長いのはこいつだが、こっちなんかどうだ? 『爪』の部分が一番デカいぞ?」
「……うん! これにする!」
「毎度。んじゃ、ここに名前を書け」
「うん! 〝おとことおとこのちかい〟だな!」
「そうだ。先生たちの言う事を聞かないと〝誓い〟を破った事になるからな」
「わかってる! じゃあな~」
そう言って男の子は、一際「爪」の部分――要するにアルマンですわね――が大きな指……いえ、焼き菓子を持って走って行きました。……司教様たちはその様子を柔和に笑って見てらっしゃいます。
……そうです。ネモさんはご自分の「焼き菓子」を配る時に、子供たちに向かってこう言い放ったのです。
〝この「特別な」焼き菓子が欲しかったら、この「誓いの書」に名前を書け。先生たちの言いつけを、最低でも一回は聞く――という誓いだ〟
私たちは戸惑っていましたけど、先生方は何か腑に落ちたご様子で、頻りと感心していらっしゃいました。
そうして……私たちの見ている前で腕白そうな男の子たちが、次々と「誓いの書に」名前を書いていったのです。
……どうもネモさんの言った〝特別〟だとか〝誓い〟だとかの言葉が、男の子たちの琴線に触れたようです。エルさんやアスラン様、ジュリアン殿下やマヴェル様も、やがて納得したように頷いていらっしゃいましたし。
〝こんなのを欲しがるのは、どうせ利かん気のやんちゃ坊主だしな。だったら守れそうな「誓い」で縛って、一度きりでも言う事を聞かせた方がマシだろう〟
――したり顔でそうおっしゃるネモさんを見ていると、「裏組長」とか「異端児」とかいうよりも、「餓鬼大将」という表現がピッタリのように思えてきますわね。