第六十三章 冬送りの祭り 2.始動@Aクラス
~Side ネモ~
「冬送りの祭」か……時期は違うが、やってる事はハロウィンなんだよな。いや、節分とハロウィンのハイブリッドというか。
まぁ寒い冬の最中、子供に家々を巡らせるっていうのも何だし、町の中に設置されたチェックポイントを廻らせるっていう形に落ち着いたんだろうが。
差し詰めアレだな。チェックポイントが守るべき要衝で、ガキども扮する悪霊が寄せ手、投げ付ける菓子が矢弾っていう……
「あら、少し違いますわよ? ネモさん」
何だお嬢? 俺、何か勘違いしてたか?
「まずですけど、お菓子は武器ではありませんわ。投げ付けたりも致しませんし」
「いや……そりゃ、実際に投げるのは大人気無いからじゃねぇのか?」
「ですから、そもそもお菓子は武器ではありませんの。冬の精霊に扮した子供がお菓子を貰って帰る振りをすると、本物の精霊もそれにつられて、お菓子を貰って帰る……というのが本来の意味だと教えられましたわ」
「マジか!? ……俺たちゃ悪霊祓いだって教わったんだが……」
悪霊と精霊じゃ、「霊」の字が共通ってだけで、中身はまるで違うじゃねぇか。……いや、ちょっと待てよ?
「けどお嬢、だったら菓子に付いてる印は何なんだ? 俺たちゃ厄除けの印だって教わったんだが?」
「冬の精霊を無事に帰すための護符だと教わりましたわね」
「マジかよ……」
俺がお嬢の発言に驚いていると、
「地域によって解釈が異なるのかもしれないね。僕らは先祖供養だって習ったし」
……アスランのやつが更にややこしい事を言い出した。エルも隣で頷いてるし。
「まぁ、冬の精霊が先祖の霊に替わっただけで、それ以外はレンフォール嬢の説明と同じだけど。……あぁ、お菓子に付いてる印は、生前の罪を償うための免罪符だって教わったね。そこが少し違うかな」
「精霊が持って帰るから、毎年減ったお菓子の数が、子供の人数より多いんだ……とも言われたね」
アスランの補足説明に加えて、ジュリアンのやつがまた妙な事を言い出したが……狡賢いガキが二重取りしてるだけじゃねぇのか? 俺もやったし。……てか、集りに来るガキどもの人数なんか、一々把握してんのか?
「実際のところはともかく、幼い子供にはそう説明しているという事だ」
「マヴェルの言うのが事実なら、ガキどもの二重取りを大人は黙認してるって事か?」
「穿った見方だが……確かにそういう面もあるかもしれないな」
俺が伝承文化の地域差という事に思いを馳せていると、
「それで……ネモさんはどうしますの?」
「どう……って、何をだ?」
「お菓子ですわ。どうやって用意しますの?」
「どう――って……お嬢、俺は貧乏人だぞ? なけなしの金を払って買う……なんて贅沢ができるかよ」
【調理】スキルだってあるんだし、自前で用意するに決まってるだろう。
……そう言ってやると、なぜかクラス全体が騒ついた。
「……ちょっと待てネモ。自作するって……」
「あの……配るのは焼き菓子って決まってるんだけど……」
「解ってる? ネモ君。蛇菓子じゃないのよ?」
「お前ら……俺を何だと……」
何を配るかぐらい知っとるわ! 故郷でも祭に参加してたって言っただろうが。
「いや……その〝故郷での祭〟が、僕らの知ってるのと大分違っていそうだから……」
「襲来する子供に菓子を投げ付けて撃退する……って、随分アレよね」
「殺伐としてるって言うか、好戦的と言うか……」
「――いや、ちょっと待て」
〝投げる〟ったって、ガチの本気で投げ付けるわけじゃねぇぞ? ガキどもが受け取り易いように放ってやるというか……まぁ、水産ギルドの連中なんかは、面白がって俺に投げ付けてきたけどな。
「ほら……やっぱり」
我が意を得たりって感じで、クラスの連中がウンウンと頷いてるのが腹立つな。
「いや、だからそれは例外だって言ってるだろうが。大抵は穏やかに放って寄越す程度だ」
愛する故郷について、変な誤解が広まるのは拙い。そう思って、俺は擁護の熱弁を振るったんだが……
「その〝例外〟であるネモが作る菓子だっていうんだから、俺らが心配するのも当然だろ?」
「下手をするとAクラスどころか、学園全体の評判にも関わってきそうだし」
「そうよねぇ……」
「お前ら……俺を何だと……」
(一応は)クラスメイトの筈の連中からの不当な評価に、俺がキレそうになっていると、その不穏な気配を察知したのか、コンラートのやつが――少し慌てたように――割って入った。
「で――ネモが作るのはどんな『焼き菓子』なんだ?」
王都のそれと違うのかどうか、レシピにある材料が手に入るかどうかを確認しておいた方が良い――と忠告してくれたが……コンラート、お前「焼き菓子」のところを強調して発音してただろう。気付かないとでも思ったか? ……まぁ、不必要に事を荒立てる気は無いけどな。
「あー……アルマンを使った菓子を考えてるんだが」
「アルマン? あれは結構な値段するだろう?」
(平民の)子供に配るようなもんじゃない――と言いたげな様子だが、
「いや、そりゃ王都が北にあるせいで、手に入りにくいだけだからな? 俺の故郷辺りじゃそこまでしねぇよ」
そう言ってやると、ラティメリア出身のアスランとエル、湖水地方の南を領有するレンフォール家のお嬢が揃って頷いた。
【収納】持ちの俺には輸送費なんざ問題にならんし、第一夏に帰省した時に、たんまり仕入れてあるからな。
「そういう事なら……しかし、アルマンを使った焼き菓子か。ネモの故郷だと普通なのか?」
「他所の家の台所事情までは知らんが、少なくとも俺ん家じゃ能く作ってたな」
「そうか……」
……まぁ、作ってたのは俺くらいだし、色々とアレだから他所には出すな――って、母親にきつく言われてたけどな。……いや、味にも品質にも問題は無いし、弟妹どもは大喜びだったんだが。
ま、そんな家庭の事情まで、一々打ち明ける必要は無いだろ。