第六十三章 冬送りの祭り 1.発端@学園
~Side ネモ~
俺がその事に気付かせられたのは、週末も間近となった二月四日の水の日――日本風に言えば金曜日なんだよな。毎度の事ながらややこしい――の事だった。
「ネモ、『冬送りの祭』の準備はどうするんだ?」
「――準備?」
あぁ、「冬送りの祭」ってのは〝冬の悪霊を追い払い、春の訪れを祝う祭〟の事で、冬至と春分の中間点に当たる二月の九日に行なわれる。ま、日本で言う追儺や節分に相当するんだが、こっちじゃ冬至の日を元日に当ててるから、日本暦とは十日ほどのずれが生じて、春分の日は四月一日になる。まぁ、解り易くて良いんだけどな。
で、この「冬送りの祭」じゃ、悪霊に扮した子供に厄払いの品を投げ付けて追い払うってのが習わしなんだ。それだけ聞けば地球の節分とは真反対なんだが……この〝厄払いの品〟ってのがキモになる。まぁ、お偉いさんに言わせると〝厄払いの品〟ってのは、
・聖なる印を刻んだ、或いは象ったもの
・悪霊が嫌うもの
・悪霊を脅かすもの
――って事になってるんだが……要するにそんな形の「菓子」を与えて、煩いガキどもを追っ払うわけだ。時期は違うが、地球で云うハロウィーンと似たようなもんだな。
で、この時のガキどもの扮装なんだが……金のある家は凝ったもんを着せたりするが、俺たちみたいな貧乏人だとそんなゆとりは無いし、第一面倒臭いからな。額に悪霊の印ってのを描いてもらって、それで済ませる連中が多かった。
だから、〝祭の準備〟なんて言われてもピンと来なかったんだが……
「あぁ、子供たちへの施しの菓子だよ。急がないと無くなっちまうぞ」
「――施し?」
施しも何も、俺はそいつを貰う側で……と、戸惑っていて気が付いた。
俺も新年を迎えて十三歳、況して「王立魔導学園」の生徒なんだから、いつまでも貰ってばかりの立場じゃいられないって事だ。――なるほど、エリックにしちゃものの解った発言じゃないか……と、褒めてやろうとしたら、肝心のエリックの挙動がおかしい。何だと問い詰めてみたら、俺たち二人とも微妙な勘違いをしていた事が判明した。
俺の事情はさっき述べたとおりだが、エリックの方はと言えば……
「いや……うちは毎年、子供たちには菓子を施……配るのが習慣だったから」
……そう言やこいつらは〝お貴族様〟だった。貰う側には廻らんわな。
で、何の気無しに俺にこの話題を振って……話の最中に、俺が貴族でないって事に気付いて慌てていたらしい。まぁ俺としちゃ、今年から立場が変わる事に気付かせてもらえただけでありがたいんだが。
話の流れで王都での「冬送りの祭」について確かめてみたんだが、基本的には故郷でやってたのと同じだった。ただ、
「おぃカルベイン、俺たち生徒の場合はどうするんだ? 学園として何かするのか?」
「いや……言われてみれば……」
こうしていても埒が明かんという事で、二人して学務に訊きに行ったんだが……
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~Side エリック~
「あー……配布とかの段取りは、学園の方でやってもらえるわけですか」
「そう。その代わり、生徒は各人で割り当て分のお菓子を確保するわけだね。入手の手段は各人に任せる事になっている。店売りのものを買うのもよし、自分で作るもよし、頼んで作ってもらうもよし――だね」
会話中にうっかり失言した報いなのか、俺はネモと連れ立って学務に来ている。
……いや、別にネモと一緒にいる事がどうこうというんじゃなくて、失言をかました相手と一緒に、その失言の元となった内容を問い合わせに行くというのは、やっぱり気詰まりというもんだろう。……ネモは気にしてもいないようだが。
その失言というのは、うっかりネモを貴族扱いした……いや、そうじゃないな。平民扱いしなかった事なんだ。
歴とした平民の筈なのに、何と言うか……ネモには妙に平民らしくないところがあるんだよな。貫禄があるというのか。口調は乱暴だが、態度が粗暴というわけじゃなく、ちゃんとマナーに沿った振る舞いもできるし……はっきり言って教養なんかも、下級貴族の俺たちより深い気がする。
そのせいで、つい同輩のように扱ってしまう事があるんだが……この時はそれが裏目に出た。「冬送りの祭」で菓子を振る舞うのが当たり前のように話しかけてしまった。……少し考えれば、ネモは俺たちみたいに菓子を振る舞う側じゃなくて、振る舞いを受ける側だったと気付いた筈なのに……
幸いにと言うのか、ネモは〝王立魔導学園の生徒となった以上、振る舞いを受ける側に甘んじては駄目だ〟――と思ってくれたらしく、俺の失言が追及される事は無かった。
ただ……〝王立魔導学園生徒は「冬送りの祭」でどうすべきか〟――という質問に答えられなかったため、二人して学務に訊きに行く羽目になったわけだ。
その質問への回答を貰ったところなんだが……正直、俺は王都の店で買う事しか考えてなかったけど、それ以外にも入手の方法はあるらしい。
「買うと言っても、その購入先は二通りあってね。都内の店で買うという他に、学園の購買部に発注する事もできる。高級品というわけにはいかないけど、値段の方もそれなりだから、こっちを選ぶ生徒も多いね」
あぁ……子供相手に配るものだから、そこまで品質に拘る必要は無いわけか。
それよりも、その分の予算を数に廻した方が良いんだろうな。〝割り当て分〟というのも最低限のノルマという意味で、それより多い分には問題無いみたいだし。
製作は学園の厨房が引き受けるそうだし、品質にも問題は無いんだろうな。
……けど、〝自分で作る〟というのはともかく、〝頼んで作ってもらう〟というのは?
「そっちは生徒同士の取引だね。C・Dクラスの生徒に多いんだけど、材料費に少し上乗せするくらいを支払って、クラスメイトとかに作ってもらうんだよ。まぁ、一種の内職みたいなもんだね」
【調理】スキル持ちの生徒が人気――というんだが……ネモに発注するやつはいないだろうなぁ……。下手をすると蛇素材の菓子とか出て来そうだし。
「いや、配るのは焼き菓子と決まってるからね。……まぁ、多少のアレンジは許されてるけど……」
あぁ……材料に蛇肉を使うというのは、〝多少〟の範囲を超えるよなぁ……