第六十二章 野外実習~移動日:復路~ 3.ゲーム談義再び~異風将棋譚~
~Side ネモ~
コンラートのやつが妙な事を言い出したんで、詳しい事情を吐けと問い詰めたら口を割った。……何と言うか……ガキの競り合いみたいな話だった。……いや、確かにこいつら十三歳のガキだったわ。
何でもここオルラント王国じゃ、年に一度、チェットの全国大会みたいなもんがあるらしい。……「運命の騎士たち」にそんな設定は無かったんだけどな。
で……魔導学園と仲の悪い騎士学園の連中が、その大会でデカい面をしてる――っていうんだな。
何でも〝戦略的思考を養成するのに打って付け〟だとか言って、授業のカリキュラムにもチェットが組み込まれてるんだと。
そのせいなのか何なのか、魔導学園は騎士学園に負け続けで、それが癪に障ってるらしい。……まぁ、チェスの強さと魔法は関係無さそうだしな。
ただ、コンラートのやつが気に入らないのはそれだけじゃなく、
「兵学の修練になるなどと言うが、敵の状況があそこまで判っている戦などあるものか」
どうも現実の状況と乖離した……と言うか、極端に単純化した「ゲーム」の勝敗を、戦略的・戦術的思考力の優劣に置き換えて評価されるのが、承服できんって感じだな。……まぁ、その気持ちは解らんでもないが……だからってまさか、実際にドンパチやって片を付けるわけにもいかんだろうが。それとも何か? 本格的な図上演習でもやろうってのか? あれは確か、正確な地形図とか地図情報とかが揃ってるのが大前提だった筈だぞ? こっちの世界にそんなもんがあるのか?
……いや、シミュレーションの舞台となる場所として架空の土地をでっち上げるって手もあるか。それなら〝正確な地形図〟も用意できるな。そう考えていたんだが、
「……いや、そこまで本格的なものでなくてだな……例えば偶然の、或いは予測不能の要素を盛り込んだチェットのようなゲームは無いのか?」
――と、これがコンラートの訊きたい事らしい。
……ふむ、まぁ心当たりが無いわけでもねぇんだが……だとして、それをどうするつもりなんだ?
「……いや、別にどうするという具体的な思案があるわけでもないんだが……とにかく、ゲーム自体はあるんだな?」
どうこうするって方針も定まってないうちから、新たな紛争のネタだけ手配しようってか? それのどこに〝戦略的な思考〟があるんだよ。子どもっぽい意地の張り合いって言われても仕方が無ぇだろうが。 ……いや、見栄の張り合いと言い換えれば、考えようによっちゃ〝大人っぽい〟とも言えるかもしれんが……それはともかくとしてだ、こいつ、いやに確信ありげに食い付いてきたよな?
『マスターの かおつきで きづいたんじゃないのー?』
『顔付き……?』
口には出してなかったつもりなんだが、ヴィクによると〝何か思い当たったような表情を浮かべていた〟らしい。コンラートのやつはそれで気付いたんじゃないかとの意見だった。……ヴィクほどじゃないにしてもコンラートのやつも、確か〝観察力が鋭い〟って設定だったからな。そういう事もあるかもしれん。
「ネモ、どうなんだ?」
鼻息荒げて追及するコンラートを見ると、惚けきるのは無理なような気がするな。
「あぁ……まぁ、条件に合いそうなのはあるんだが……」
「そうか!」
「いや、ちょっと待てマヴェル。心当たりがあるのは事実だが、問題が三つある」
「問題……? 三つもか?」
「あぁ。まず第一に、俺が知ってるのは……何と言うか……運の要素も強く出そうなゲームでな。騎士学園に一泡吹かせるって、お前の希望に添えるかどうかが判らん。〝運不運など戦術のうちに入らん〟なんぞと言い返される可能性が無きにしも非ずなんでな」
「ふむ……」
「第二に、俺はそのゲームを詳しく知ってるわけじゃない。……と言うか、何かの時に話を聞いてから随分と時間が経ってるんで、間違い無く思い出せるかどうかが判らん」
「む……」
俺が考えてるのは「軍人将棋」とか「行軍将棋」って言われてるやつだからな。前世じゃそこそこやり込んだんで、それなりに憶えちゃいるんだが……俺がやってたのって、ゲームアプリの方だったからなぁ……。こっちで再現できるかどうかが怪しいんだよ。アプリじゃないやり方もどっかで読んだ憶えはあるんだが……審判が要るような事が書いてあった気がするしなぁ。
「第三に、俺が知ってるのはチェットの変形みたいなもんだからな。盤とか駒を、俺の記憶を辿りながら再現する必要があるわけだ。当然、今直ぐに用意できるってもんじゃないな」
コンラートは暫く悩んでいたようだが、それでも構わないから用意してくれ――というのがその答だった。
王都に戻ってから、暇を見て試作する事になりそうだな。