第七章 初めての武闘会 6.道場対抗戦(その2)
~Side レオ~
――俺は自分の目で見ているものが信じられなかった。
クソ道場のやつらが助っ人を頼んだって話は聞いていたが……まさかそれが大陸七剣の一人、剛剣アレンだったなんて……
どう転んでも勝ち目なんか無い――そう思っていたのに……何だよ……あのネモってやつ……
最初は変わった棒だとしか思わなかったが、あのアレンが避ける一方で、決して受け止めようとしないのを見て気が付いた。……あれ、下手に受けるとそのまま鉄球で後ろを打たれるわ。かと言って、鎖の部分を受け払おうとしたらそのまま剣に絡み付くだろうし、下手をすればそのまま杖で喉を突かれる……
……とんでもなく厄介な武器だな、あれ。……俺なんかじゃ勝てる気がせんぞ。いや、師範代でも危ないかも。
そんな武器を縦横無尽に振り回すネモに、アレンも度々踏み込んでは一撃を放っているんだが……ネモのやつ……「肉切り包丁」とか「ミートチョッパー」とか渾名されるその一撃を、紙一重で躱してやがる。……いや、躱すだけならまだしも、刃引きしてある試合用の剣とは言え、あの剛剣を木の棒で受け流すって……一体、何の冗談だよ。去なされたアレンの方が妙に体勢を崩してるし……お蔭で迂闊に打ち込めなくなってる。
接近戦に持ち込もうとしても、ネモのやつ、棒を絡み付けるように操って手首を極めようとするし、隙を見せれば肘や拳が飛んで来るし……あいつ、どこであんな流儀を憶えたんだ? 【護身術】ってスキルを持ってるそうだが……「護身術」って、あそこまでえげつないものだったか? 「七剣」相手に頭突きなんか、普通は使わんぞ?
棒で足払いを仕掛けて、躱されたらそのまま跳ね上げるようにして下から喉を狙う……多分あれ、砂を飛ばして目潰しにもしてるな。間合い自体はネモの棒の方が長いし、アレンも仕掛けづらそうだ。
このまま引き分けになるのかと思っていたんだが……
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~Side アレン・〝肉切り包丁〟~
――甘かったっ!!
俺とした事が、坊主を甘く見過ぎていた。
こいつ……とんでもねぇ手練れだ。
あの棒、ただのフレイルよりも鎖が長い分だけ厄介だ。受けるのは論外として、下手に鎖を払えば巻き付くし、何より鎖の部分を打ち払っても棒の部分には力は伝わらねぇ。向こうの構えは崩せずに、こっちの構えは崩れたまま。そのまま喉を突かれて終わりだ。受ける事のできない武器が、ここまで厄介だたぁ思わなんだ。
間合いを測って打ち込んでみたんだが、見事に力を逸らされた。いや、それだけじゃなく、そのまま俺の腕を押さえて崩そうとしやがった。パンチ喰らわせて下がらせようにも、長柄武器の分だけ坊主の方が懐が深い。俺のパンチは届かねぇわけだ。こっちが下がるしか無かったわ。
一か八か組み合おうとしたら、棒を使って手首を極められそうになるわ、隙を見て頭突きなんか繰り出すわ……この坊主、本当に魔術師の卵なのか!? 兵学校の教官か何かじゃねぇのか!? 然り気無く目潰しに紛れて喉笛なんか突いてきやがって……道場剣術なんかじゃねぇだろ? 絶対二十人くらい殺してるだろ!? 対人特化の戦闘技術だなんて……何でそんなヤバいものを身に着けてんだよ!?
破れかぶれで踏み込んで、坊主の杖の先――鎖分銅の部分を切り飛ばすのには成功した。けど、坊主のやつ……片手に棒、片手に鎖分銅を握って無言で嗤ってやがる。……あぁ、そうかよ。得物の数が倍に増えただけかよ……
こりゃ、相討ちに持ち込むのが精々かと思っていたら……
「そこまでだ! 武器を破壊された時点で勝負はあっただろう!」
何だか偉そうなオッサンが割り込んで……いや、俺の依頼主だった。
坊主のフレイルを切断した事で勝負あったと言いたいようだが……お前らの目は節穴か? 勝負も何も、坊主は相変わらず構えを解いていねぇだろうが。両手に得物を握ってるんだぞ? 棒と鎖分銅、どっちか一方だけでも勝てる気しねぇぞ?
貴族のオッサンが顔を真っ赤にして食ってかかってるが……見物してる王族が冷ややかな目を向けてるのに気付いてねぇのか? あぁ……審判が押し切られたみてぇだな。俺が勝った事になったみてぇだ。卦体糞悪い。
……仮にも「大陸七剣」の一人が、子供に負けたとあっちゃ外聞も悪いってのか?
……俺が七剣の一人じゃなかったら、坊主と真っ当にやり合えたんだろうか?
くそ……坊主に向ける顔が無ぇ……
「……悪いが、最後の一撃で手首を痛めたようだ。これ以上の戦いは辞退する」
そう言ってやったら、こっちの大将は青くなった。観客は総立ちで拍手喝采だったけどな。いや、戦いを辞退して喝采を浴びたのは初めてだわ。審判もこっそり親指立ててるし。
で――坊主の後に出てきた子供がこれまた凄かった。こっちの大将が何もできないうちに間合いを詰めて、短剣を首に当ててお終い。……一分もかかってなかったな。
……魔導学園って、魔術師を養成するところじゃなかったのか?
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~Side ネモ~
何だか茶番のような終わり方だったが、とりあえず対抗戦には勝利した。どうやら初戦の相手が例の二番手道場だったらしい。副将の兄ちゃんは助っ人だったらしいが……好い感じに手強い相手だったので、久しぶりに熱くなっちまった。
――【眼力】? 使う隙もその気も無かったよ。兄ちゃんだってスキルを使ってなかったしな。
この後二戦目三戦目と続くんだろうと思っていたら、他の道場が対戦を辞退したとかで、一回戦にしてイズメイル道場の優勝が決まった。……いいのか、それ?
ま、道場関係はレオが頭を悩ませりゃ済む事だ。俺にはそれよりも重要な問題がある。
……武闘会、本来なら拗ね者のナイジェルがレオたち貴族を見直す切っ掛けになる筈だったんだよな。……なのに、肝心のナイジェルもレオも出ないまま、俺と次鋒のエルとで片付けちまったんだが……どうなるんだ? これ。