第六十一章 冬季野外実習~二日目~ 9.キャンプハウス:ラウンジ~ネモの魔法講座~(その2)
~Side ネモ~
一番単純な説明は、魔力というエネルギーを熱エネルギーに変換しているというやつだ。
次に考えたのは、周囲の熱を奪ってそれを一ヵ所に集めているという可能性だが……これは要するに熱の勾配を形成しているわけだから、逆に低温の部分ができる筈。けど、授業で習った内容だけじゃなく、俺が実際に火魔法を使ってみた感じでも、そういった現象は見られなかった。そもそも【熱交換】なんてスキルが、火魔法とは独立してあるくらいだからな。
魔力によって分子の運動を加速するって可能性もあるが……前に【熱交換】スキルを貰った時の説明だと、とんでもない魔力が必要になるみたいなんだよな。実際に火魔法を使ってみた限りじゃ、そこまでコスパが悪いようには思えなかったし、これは考えなくていいだろう。
他には……精霊だか何かに頼んで、マントルとかコアとかの地熱を召喚してるって可能性がある。氷結系の魔法の中には、上空の冷気を召喚するってのがあるらしいし、可能性としてはありなんじゃないかと思うが……だとしても、それは「精霊魔法」か何かであって、「火魔法」じゃないよな?
まぁどのみち、熱じゃなくて火を直接に生み出してるみたいだから、これらの仮説は成り立たんわけだが。
ただなぁ……火魔法で生み出してんのが炎だとしても、熱の操作って過程が無いとは思えんのだよな……
「……ネモさん、何を考えていらっしゃるの?」
「お嬢……俺は【魔力操作】を心得てるから判るんだが、火魔法で出した『火』って、放っといたら直ぐに散って消えちまわないか?」
「えぇ、そうですわよ。生み出した火をきちんと維持できるかどうか、それが火魔法の第一歩ですわね」
それってつまり、熱エネルギーを操作して纏めてるって事だよな? 魔力で炎を生み出した時点で、それは魔力じゃなくて熱エネルギーに変わってるわけだから。
「あとなお嬢、これも今更の話かもしれんが、今みたいに寒い時期だと、火魔法の効きが悪くなるよな?」
「え? えぇ、火魔法としては常識的な事ですわね」
熱に限らずエネルギーってのは、基本的にポテンシャルの高い方から低い方へ移動しようとするからな。火魔法ではそれを妨げて、生み出した火球を維持してるわけだ。そうせずに魔力を追加するだけじゃ、周囲の空気を暖めるだけになって、高温の火球を維持するには非効率な筈だからな。
……〝有るところから無いところに移動するっていうのは大宇宙に共通する真理で、そうじゃないのは金だけだ〟――って、前世の担任がぼやいてたよな。あん時ゃ能く解らなかったが、今の俺なら心から共感できるぜ。……ゼハン祖父ちゃん辺りなら、〝金の使い方を知っとる者が金に好かれるんじゃ〟――とか言って嘯きそうだけどな。……いや、そんな事を言いたいんじゃなくて……
「それに関してだが……焚き火なんかの傍だと、火魔法の効きも良くなるよな?」
「えぇ……そうですわね。……ネモさん、それがどうかしましたの?」
「つまりだな、お嬢。火魔法使いってのは、生み出した火を発散させずに収束させるために、無意識に周囲からの熱の移動――或いは周囲への熱放散の阻害――をやってんじゃないかって事なんだよ。焚き火の件でも解るように、周りの熱を吸収して火勢が強まるってのは、つまりはそういう事だろう?」
「……え?」
お嬢は戸惑ったような声を上げたが……そこまで考えた事は無かったみたいだな。
まぁ俺だって、前世の物理学の知識が頭に残ってなけりゃ、こんな事は考えなかっただろうし……無理もないか。
「……ネモさん……だとしても、それと氷とどういう関係が……」
「考えてもみろ、お嬢。周囲の熱気を奪って火球を強化してるってんなら、熱を奪われた方はどうなった……って話になるだろうが?」
「――――っ!?」
「氷に熱を加えたら融けて水になる。なら、水から熱を奪えば凍る理屈じゃねぇのか?」
超高温の炎も極低温の氷も、熱という事象の両極端に過ぎない……こういう考え方はしなかったみたいだな。火と氷は対立する事象だと、ただ漠然と考えてたんじゃないのか。
「いいかお嬢、水魔法で氷を出すのも、魔獣が氷結のブレスを吐くのも、要するに魔法で生み出した〝冷たいもの〟に触れさせる事で温度を下げているわけだ。対して俺が言ってるのは、熱の移動によって対象物の温度を直接に下げられるんじゃないかって事だ」
「熱の移動……ですの?」
「多分だが、お嬢は無意識にそれをやってんだと思うぞ? それを意識してできるようになりゃ、【魔力操作】のレベルもサクサク上がるんじゃないか?」
それだからこその「氷炎の魔導姫」……火と氷の魔術師なんだろうよ。
……本当のところどうなのかは知らんけどな。
けど、お嬢が氷結の魔法を使えるようになるってのは多分確実だろうし、試してみても悪い事にゃならんだろ。何だったら【熱交換】のスキルが生えてくるかもしれんし。
……もしもそうなったら俺の【熱交換】スキルも、お嬢の特訓に付き合ってるうちに生えたって事にできるんじゃないのか?
「……荒唐無稽な話に聞こえますけど、存在自体が荒唐無稽なネモさんがおっしゃると、とても説得力がありますわね」
……お嬢……折角相談に乗ってやった俺に、その言い草はあんまりじゃないのか?