第六十一章 冬季野外実習~二日目~ 7.キャンプハウス:ラウンジ~悩めるお嬢~
~Side ネモ~
夕飯を済ませてラウンジ――みたいなところ――を覗いてみると、お嬢が一人で黄昏……アンニュイな表情を浮かべていた。……この情景だけ見りゃ立派なヒロインなんだけどな。
とは言え――だ、俺は仮にも班長職。班員が浮かぬ顔をしてんのをスルーするわけにもいかん。悩みでもあるってんなら猶更だ。
いかんのだが……お嬢の性格からしても、素直に悩みを打ち明けるようなタマじゃない。あれで結構意地っ張りで強がりなところがあるからな。さて……
「おぃお嬢、浮かねぇ顔してどうしたんだ?」
そう声をかけると、お嬢が顔を上げた。このまま返事を待っていたら、〝何でもない〟とか言ってずらかりそうだしな。ここは一気に畳みかけさせてもらうぜ。
「思春期の悩みの相談にゃ乗ってやれんが、何か行き詰まりを打開しようってんなら、話し相手ぐらいにゃなってやれるぞ?」
そのまま立ち去りそうな気配を見せていたお嬢だが、俺の言葉を聞いて考え直したみたいだ。
「そうですわね……ネモさんならひょっとして、何か良い思案をお持ちかもしれませんわね」
そう言ってお嬢が吐露してくれた悩みってのは、俺からすりゃ思わずツッコミを入れたくなるようなもんだった。
〝自分の才能の乏しさに凹んでいる〟……って、末は王国有数の火魔法使いかってヒロインが言う台詞かよ。
「あ、いえ。そういうのとは少し違うんですの。何と言いますか……自分の引き出しの少なさに凹んでいると言いますか。……あの雪山の時も結局、私の火魔法では雪崩を停める事もできませんでしたし……」
いや……ガチの雪崩を停めるだなんて、人間業じゃ無理だと思うぞ。俺だってホンの数秒、時間を稼ぐのが精一杯だったし。
「全属性をお持ちのネモさんやカルベインさんほどではないにしても、せめて土魔法でも使えたら……雪崩を停めるのは無理だとしても、土壁を造って向きを逸らす事ぐらいはできたのではないかと思いまして……こうして凹んでいるわけなのですわ」
……そのエリックのやつはエリックのやつで、魔力の少なさを嘆いてたんだけどな。所詮は器用貧乏でしかない――なんてぼやいてやがったっけ。
あいつの魔力展開速度や切り替えの速さは、学園でも一際図抜けてるんだけどな。先生方も目を付けてるようだし。つい生活魔法に頼っちまって、属性魔法が上達しない我が身に較べると、正直羨ましいくらいだぜ。
「いえ……ネモさんの場合はその……一応『生活魔法』が、何と言いますか、他の人類の追随を許さない域にまで至っていると……」
……おぃお嬢、敢えて聞くが〝一応〟ってのは何だ? お嬢や先生方だって、その【生活魔法】を鍛えて成果を出してるんだろうが。
あと、俺がさも〝人類〟の範疇を外れてるように言うんじゃねぇよ。
「まぁ、俺の事は一応措くとして――だ。お嬢はあの時も、火魔法で雪を融かして脱出路を開いてくれただろうが。あれが無きゃ騎士さんたちも爺婆背負って脱出できなかっただろうし、俺だって雪崩に呑まれてた筈だ。お嬢は命の恩人だな」
「いえ、恩人だなどと……けれど、私の拙い火魔法でも、少しはお役に立てたと自惚れてもいいのでしょうか」
充分以上に役に立ったと言ってやると、お嬢の気分も少し上向いたようだった。
そうそう、俯いてばかりいちゃ前の景色も見えなくなるってもんだ。
「……ですけれど、私の火魔法がまだ未熟なのも確かなのですわ。顧みれば学園の雪掻きの時にも、魔力の精密操作ができなかったため、実質的に戦力外通告を受けたようなものですし。
「まだ修行を積む必要があると判ったのはいいのですけれど、問題は〝どう〟修行を積むべきかが判らない事なのですわ。今以上に威力を追い求めるべきか、精密な魔力操作を磨くべきか、それとも……火魔法以外の手札を探るべきなのか」
あー……漸く悩みの内容が具体性を帯びてきたな。それでこそ建設的な議論もできるってもんだ。まぁそれでも、将来の方向性にも関わる問題だし、軽々しく結論を出せるようなもんじゃないよな……普通なら。
ただ……俺は知ってるんだよな。
「運命の騎士たち」の本編で、お嬢が火と氷の魔法を駆使して戦っていた事を。
ゲームと現実を同一視し過ぎるのは拙いかもしれんが、これまでのところ主役連中の魔法属性は、ゲーム内のそれと一致している。なら、お嬢が孰れ氷結魔法を使えるようになるってのも、強ち間違っちゃいないだろう。
ただ……ここで問題になるのは、お嬢は新たに氷属性の魔法を修得するのか、それとも、火魔法のアレンジで氷結魔法を会得するのか――ってところだ。
火魔法でものを凍らせる……なんて言うと正気を疑われそうだが、どちらも〝熱の操作〟だと考えりゃ、そうおかしな話でもない。現に俺は最高神様から、任意の場所に熱の勾配を設定する【熱交換】ってスキルを貰ってるしな。熱を集めて高温にするのも、熱を奪って低温にするのも、同じ現象の異なる側面だとも言えるわけだ。
もしもお嬢が【熱交換】タイプのスキルに目覚めるってんなら、業火と凍結の二つの魔法を駆使するってのも納得できるんだが……さて。




