第六十一章 冬季野外実習~二日目~ 6.スキー騒動(その4)
~Side ネモ~
最初に言っておくと、こっちの世界で云う北国訛りってやつは、寒さが厳しい地方でなるべく口を開けないような話し方をしようとした結果、〝発音の負担軽減〟だとか〝単語の短縮〟だとか〝言葉の句切りの割愛〟とかが起きて、他所の者にゃ聴き取りにくくなってる。要するに前世の東北弁と似た話し方になってるわけだ。進化における収斂現象と似たようなもんだな。
そこで俺の前世の経験が活きてくるんだが……要するに前世の祖父ちゃんの知り合いに東北出身の爺様がいて、この人が凄い東北弁を喋ってたんだよな。ま、訛らずに話す事もできたんで、意思疎通に不自由する事は無かったが。俺はこの爺様から東北弁の手解きを受けて、そこそこ話せるようにもなっていた。
その経験があったせいか、俺はこっちの北国弁も不自由無く操れたんだ。……何が幸いするか解らんな。
で、スキーの件についちゃギドに証言してもらって事無きを得た……んだが、
「す、すると……ネモにスキーの事を教えたのは貴方だと……?」
「んだ。我がしかへっだ」
「し……しかへ……?」
「自分が教えた――って言ってるんですよ」
「んだ」
「は、はぁ……」
ギドはゆっくりとなら訛らずに会話する事もできるんだが、それほど能弁な方じゃない。なので依頼もギルドを――と言うか、会話の通じる職員を――通したものしか受けていないらしい。今回も通訳できるのが俺しかいないもんで、査問は遅々として進みやしねぇ。けどまぁ、実際にギドがスキーを履いてるわけだから、俺の発明じゃねぇって事は納得してもらえたみたいだ。
面倒とは思うが、ここのところをキッチリしとかんと、スキーの説明とか試作への協力とかが、俺の方に廻って来そうだからな。身代わりの確保は至上命題だ。
まぁともかく、北国じゃ割と当たり前に使われてる道具だって事を教え込んでやって、それでこの件は落着した。……この件は。
話がおかしな方へ転がったのは、
「あの……すみません、お腰のものは貴方の得物でしょうか? あ、申し遅れました。自分はネモ君のクラスメートで、アスランと申します」
――アスランがギドの得物に目を付けてからだ。
「ん? ネモの友達け?」
……あまり友達付き合いはしたくねぇ相手だが、まぁ一応は仲間なのは確かなんで頷いておく。……ギドの得物が気になってたのは俺もだしな。
ギドも俺の視線に気付いたんだろう。徐に鞘から抜き放って見せたそれは――
「……やっぱりショテルか」
「んだ。ネモに教えてもらっだやつだ」
故郷で知り合った時、ギドとは取り留めも無く色んな事を話したんだが、武器の話になった時に、地球でなら奇剣と呼ばれそうな武器についても話題に上せた。その時ギドが興味を持ったのが、三日月型に彎曲した刀身を持つ、このショテルという両刃の剣だった。
元は盾越しに敵を切り裂くための工夫だとか読んだ憶えがあるが、ギドの場合は木や岩などの障害物を無視して攻撃できる――と思ったらしい。俺の話を聞いてから、知り合いの鍛冶屋に頼んで造ってもらったそうだ。
そう聞かされてちょっと驚いたが、そこまではまだよかった。ただ、その次にアスランが発した台詞が、
「……では、やはり貴方が『盾抜きのギド』なんですね。『沈黙の処刑人』と呼ばれた、大陸七剣の……」
……は? 「沈黙の処刑人」? ……何だその中二病全開の二つ名は?
……いや、そう言やギドのやつは訛りを苦にしてか、俺以外の相手には口が重かったな。……「沈黙」ってのが「口下手」って意味なら、強ち間違った表現でもねぇか……
そっちはまぁいいとして……「大陸七剣」? アレンやレミディオの棒組だってのか?
「ん? ネモはアレンど知り合いが?」
「あ~……まぁ、知り合いど言えば……」
どう説明したらいいものかと逡巡していたら……班員どもが余計な事をチクりやがった。
「あんだ!? アレンさキリギリ舞ぃさせだ『暴虐の杖』っちゅんはネモん事け!? ……そらアレンも災難だっただなゃ」
久々に飛び出した悪名に、俺が頭を抱えていると、
「あら、ギド様はネモさんのお手並みをご存知ですの?」
――お嬢が余計な事をほざきやがった。慌ててギドの口を塞ごうとしたんだが、面白がったジュリアンやコンラートが俺の動きを阻んでいるうちに、
「そらネモははぁ、暴れ牛さ素手で取り押せる剛の者だでな」
「暴れ牛を……?」
「素手で……?」
……知り合いが飼ってる牛が何かに興奮して駆け出したんで、桶を転がして突っ転ばせた後、スピニング・トー・ホールドを極めて温和しくさせた事があったんだよ。
前世で何とかいうプロレスラーが、牛を鎮めるのに使ってたって読んだから、本当かどうか試してみようと思ってな。
「『牛拉ぎのネモ』っづっだら、湖水地方で知らん者はおらんでよ」
先生と班員どもの視線が痛いぜ……
あぁ、ギドがサングラスを珍しがったんで、予備として持って来ていた分を渡しておいた。試作品のモニターってところだ。
祖父ちゃんはサングラスが売れるかどうか危ぶんでるみたいだが、北国のやつらならそこそこの数が、面白がって買うんじゃねぇかな。広告塔としてのギドの働きにご期待――ってところだ。
作中の北国弁は創作上のものです。なお、作者には方言を貶める意図はありません。