第六十一章 冬季野外実習~二日目~ 5.スキー騒動(その3)
~Side ネモ~
前世仕込みのスキーの歌を口遊みながら、ヴィクともども上機嫌で滑っていた俺の視界の端に映ったのは、
『……ありゃ先生たちじゃねぇか。その後ろに続いてんのは……』
『おじょうたちだねー あわててるみたいー』
『……何かヤバい事でもあったってのか?』
――何か変事が起きたってんなら、急いで合流した方が良いだろう。
そう思って先生方のところまで滑り降りて行ったんだが……
「あぁネモ、それは……いや……その出で立ちは一体何だね?」
「――は?」
・・・・・・・・
前世のゲーム「運命の騎士たち プレリュード」と似てはいても、この世界はゲームとは違う……頭では解っていた筈だった。
が……それでもなお、俺は声を大にして言いたい。
何で、スキーが、知られてないんだよっ!
スキーイベントは、どこ行ったんだっ!?
アスランやエルはまだしも、お嬢やジュリアン、コンラート、果ては先生方までが、揃ってスキーを知らんとおっしゃる。挙げ句、どこでそんな事を知ったのかと、俺を囲んで責め立てやがる。……ラノベなんかじゃ割と見かける展開なんだが、俺としては断じて承服しかねる。だって……
――この世界にスキーがある事は、疾っくの疾うに確認済みなんだからな。
郷里にいた頃、俺は一人の冒険者と知り合った。その冒険者から話を聞いて、俺は北国ではスキーが普及している事を知っていた。だからこそ、こっちでもスキー教室があると確信していたってのに……
「いや……ネモを疑うわけではないが……」
……って、今、あからさまに疑いの目を向けられてんですけどね、先生。
「まぁ……ネモ君は他にも色々と……その……博識ぶりを披露してたから……」
いや……確かに前世の知識に拠ったところもあるが、スキーは正真正銘、本当の本当に実在するんだけどな!
どう言えば納得してくれるのか、いっそ物理で納得させてやろうか……と、頭を痛めていたところで、雪を蹴散らす滑降音とともに、
「お前んど何すちゅ。大勢で一人さ集るよな真似ばして」
――諍いに割って入るように、北国訛りの声が聞こえた。
俺以外のスキーヤーがこの場に現れたのにも驚いたが、何よりその声に聞き憶えがあった事に驚かされた。どこかで何かのフラグを立てたのか……そう思いたくなるほどタイムリーな登場だったからな。
だから……俺は嘗てそうしていたように、その声に答えた。
「あぃや~、ギドの兄さでねが。なすてこった所にいんだ?」
「あんだ? ネモの坊主け? てっきし弱ぇ者虐めと思っだが、こら違ってただか」
いや、どっからどう見ても「弱い者虐め」だろうがよ――なんて軽口を叩き合いながら事情を訊いてみたところ、どうやらギドは冬場はちょくちょくこの辺りに来ているそうだ。少し離れたところに、ここに負けず劣らず恰好の滑降斜面があるんだと。そこで一滑りして降りてきたら、遠目に他のスキーヤー――つまり俺――の姿が目に入った。
この辺りでスキーを楽しむ者は珍しい、ひょっとして同郷人ではないか――と思い注視していたら、その俺が何やら大勢に取り囲まれた。ひょっとして揉め事か――と心配になって滑り降りて来たらしい。
「いや、こいづらスキー珍すいみだいで」
「あー……こん辺りじゃ見がげねでな」
……なんて事を話していたんだが、北国訛りでの会話は他の連中にゃ難度が高かったみたいだ。揃ってポカンとしてやがる。
……そろそろ解ってもらえたと思うが、故郷で俺にスキーの事を教えてくれた冒険者ってのが、このギドだ。腕は立つが人付き合いが悪いって評判だったんだが……何て事は無い、北国訛りが酷いせいでまともに会話が成立せず、軽いコミュ障になっていただけだ。
じゃあ、何で俺とは話が通じたのかっていうと、そこは俺の前世の経験がものを言った。
作中の北国弁は創作上のものです。なお、作者には方言を貶める意図はありません。